Movie Magic

映画の魅力とは何なのか。見解を交え、熱く語っているブログです。映画をもっと知ってほしい、もっと好きになってほしい。それだけを願うブログであるのです。他にも様々な分野にも綴っております。ぜひご覧ください

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「グレイテストショーマン」今年を彩る最高傑作~男の半生を描く最高のミュージカルだ!~ [考察と解説] (ネタバレ)

こんちくわ!Shygonです!

 

今回は2018年最高と称されるミュージカル映画

 

グレイテスト・ショーマン

 

を熱く語りたいと思います。

 

2017年製作の本作は19世紀に活躍した

興行師P.T.バーナムの半生が描かれています。

 

19世紀アメリカ東部に生まれた彼は事業の失敗から興行師のキャリアがはじまり、

「Barnum’s curcle」は実際にゾウなどの動物をはじめ大掛かりな規模で人々を魅了し、当時「地上最大」などと称されるほど大成功した劇団でした。

 

ミュージカルの醍醐味、豪華な俳優!!

近年多くのミュージカル映画が興行・批評が失敗に終わる中、2017年のアカデミー賞を沸かせたミュージカル映画レ・ミゼラブル」はミュージカル映画の復活として脚光を浴びました。

そして、本作も正統派ミュージカル映画として評価は高く、早くも賞レースをけん引するのではないかとささやかれています。

 

レ・ミゼラブル」で主人公のバルジャンを演じた

ヒュー・ジャックマンが本作でも主人公を演じました。「X-MEN」シリーズのウルヴァリン役で見事なアクションを魅せる傍ら、ミュージカルの舞台に立つなど多種多様に活躍を見せています。

 

そんな実力を世界的に認められているヒュー・ジャックマンの新作ミュージカルは安定の良作といったところでしょう

 

ミュージカルというと俳優陣の演技の質だけだけではなく、歌唱力も作品の出来を左右する大きな要素になります。

 

主演のヒュー・ジャックマンをはじめ、本作では多くの実力俳優が集まっています。

 

彼のビジネスパートナーとして「ハイスクール・ミュージカル」などでおなじみのザック・エフロンや、

歌手としても活躍するゼンデイヤ(Zendaya)などの歌唱シーンは最高です。

 

そして、ミシェル・ウィリアムス(マンチェスター・バイ・ザ・シー)や

レベッカ・ファガーソン(ミッションインポッシブル5)も出演しています。

 

ミュージカルの醍醐味、豪華な楽曲!!

本作は前年アカデミー賞を沸かせたミュージカル

「ララランド」の作曲家が手掛けたことでも知られています。

 

shygon.hatenablog.com

 冒頭シーンではヒュー・ジャックマンのセクシーボイスとともに

 

The Greatest Showman」 by Hugh Jackman

 

が流れ始めます。ここで最高のショー(映画)のはじまりのゴングが鳴り始めます。

 

そして、僕の一番のお気に入りの楽曲

 

This is me 」by Kesha

 

が中盤に差し掛かった場面で流れ始め、勢いが加速します!

本ブログを書いている際もこの曲を流すほど勇気をもらう曲です!

 

そして、ザック・エフロンゼンデイヤが熱唱するこの曲は二人の愛を歌い、これも圧巻の一言です。

 

Rewrite The Stars」 by Zac Efron, Zendaya

 

「グレイテストショーマン」が訴えかけてることとは?

本作は主人公P.T.バーナムの半生を描いており、

彼はちょっと変わったメンバーでショーを行ったことで注目を浴びます。

彼のメンバーの中には

女性なのに男性みたいに髭が生えた人や、

男性なのに女性みたいに化粧を塗りたくった人、

小人みたいな成人男性に、

極端に背が高すぎる人など普通の人ではない人達を集めてショーを始めたのです。

 

そして、そんな普通の人とは違った用紙の人たちがショーをやると大盛況なのですが、勿論それをよく思わない野次馬が心無い言葉を投げてくるのです。

 

そこで彼らはそんな野次馬には動じないと決心し、

ある一曲の曲を歌い始めるのです。

 

それが「This is me」であり、ここではこの曲から一部歌詞を抜粋したいと思います。

 

これはこの曲のサビの前後であり、一番盛り上がる箇所です。

 

“ When the sharpest words wanna cut me down

I’m gonna send a flood, gonna drown them out

I’m brave, I’m bruised
I’m who I’m meant to be, THIS IS ME!! ”

(FROM “This is me”)

 

鋭い言葉が私を切り裂こうとしても、洪水を起こして押し流してやろう

私は勇敢で、キズだらけ

私はそういう運命だし、それがわたしなの

 

と歌い、決心し表舞台に再び出ようとするのです。

この曲は逆境にも負けまいと鼓舞させるような曲であり、映画のワンシーンに留まらず、見てる人に勇気を与える楽曲になるでしょう。

 

日本ではいじめなどが社会問題化し、深刻な問題として注目を浴びていますが、彼ら一人一人が自分を認め、一歩を踏み出せるようにという願いが込められた曲なのかもしれません。

 

びぇ!

真夏の西海岸を必死でヒッチハイクしたときのNG集を思い出してみる!

こんちくわ!Shygonです!

 

2017年夏

アメリカ西海岸の国道5号線をひたすら紙1枚で北上し、

カナダのバンクーバーまでいったのですが、

その番外編として今回は様々なエピソードをご紹介します!

 

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ヒッチハイクについては下記の記事を是非ご覧下さい!

 

shygon.hatenablog.com

 

 

ポートランドで野宿をしたときの話をしてみる

6時前、日が昇るとともにカラスの鳴き声で目がさめる。

ポートランドの朝は少し肌寒いが、とても空気の透き通った快調な朝のはずであった。

 

だが、僕はとても気分が朝から悪い。

それは夜をともにしていた寝袋がびしょ濡れだったからである。

 

どうして朝からアクシデント続きなのか。

数時間前に戻ってから話を進めたいと思う。

 

一度はここと決めた寝床は大きな公園の中にそびえ立つ樹木の一角であった。

樹木は等間隔に手入れされ、まわりには野原が広がっていたためココだ!と一瞬で決め、寝の準備に入り、一度は寝たのである。

 

しかし、数時間後目を覚ますと足元に大量に何かが当たる感覚がして、徐々に冷たくなっていくような気がしたのだ。

 

そしてそれらは勢いが衰えることなく、僕のお腹へとそして、胸へと当たる場所が徐々に変わっていったのであった。

 

寝ぼけている僕は当然なにが起こったか知る余地もなく、

その数秒固まっていた。

顔まで奴らがくると初めてわかったのだが、大量の水であった。

 

はじめは誰かがイタズラをしているのかと思い、その辺の石を持ってぶん投げてやろうかと思ったが、誰もいない。

辺りを見渡すとやっと状況が理解できたのである。

 

それは定期的に稼働するスプリンクラーであり、乾燥しやすいアメリカではよくみる光景に出会った。

 

しかし、あたりに広がるスプリンクラーを前にこれほど殺意を覚えたことはない。

寝ている最中にこれからも一緒に旅をする大事な寝袋を濡らされた上、睡眠妨害を食らったのだ。

 

まあ全く空いた口が塞がらない訳だ

 

そんな最悪の体験とともにクレイジージャーニーの幕開けであった。

 

 

シアトルから国境に向かうヒッチハイク中に出会ったヤバすぎる話をしてみる

 

シアトルに無事に着き、数日間存分に観光を楽しんだあと、地獄のヒッチハイクがまた始まるときの話である。

 

慣れをいうものが人間は一番怖いとよく言う。

まさにそうだと思うが、まさにシアトルからのヒッチハイクが徐々にヒッチハイクに慣れてくる時期であったため用心していたつもりであった。

 

だから、旅行にはアクシデントはつきもの、特にヒッチハイクなんてはアクシデントの塊だと思う。

 

あれは普段のようにNorthとか書かれた紙を持っていた。前の車が高速道路中に僕を落としたので、そこからすぐに乗せてくれる車を待った。

 

すると15分も経たずして新しい車が捕まりとても満足していたのだ。しかし、その車が悲劇を巻き起こしたことは乗るまで知るよしもなかった。

 

確かその車は白のfordで、とても小柄な車であったが、乗ったら何かがおかしい。

まず異変に気付いたのは、ドアがしっかり閉まらないということ。

 

ん?という疑問が頭の中に萩巡り、そして車がめちゃくちゃ汚い。

これはヤバイ信号だと瞬時に心の中で語った。

 

走り出すと異変が確信へと変わった。

車が走り出すと不気味な音がやみやらないのである。

 

常に機械が擦れ合うような、映画でしか聞かない、まずい音が車内に充満していたのをいまでも鮮明に覚えている。

 

そんな状態で奴は120キロ以上出して、運転するのだ

 

これは久し振りに死が近い臭いがしてたまんなかったが、そんな不安をすればするほど状況が悪い方向に向く気がしたので、そんな顔は一切せず平常を装い、話しかけてみた。

 

すると気さくに彼は答えてくれたが、そんな言葉も一切頭には入ってこない。なんせもう頭ではどう理由をつけてこの車から降りるか、それだけであったからだ。

 

結局この車には数個先の出口までしかお世話にならず、ことなきを得たが最後に二人で撮った写真をいま見返すと非常に不思議な空間にいたのだと再実感する。

他のドライバーさんと写真を撮ったときは最上級の笑顔であるが、このときだけ妙に顔か引きつっている。しかに身にしみて身の危険を感じていたかがわかる一枚となってしまった。

 

 

今となっては笑い話としてここに書き残してはいるが、今回のヒッチハイクで一番大変な思いをした車であったのは間違えないだろう。

 

 

 

 

老韓国夫婦が主催する大家族食事会にちゃっかり招待されてしまった話をしてみる!

 

これはポートランドからシアトル区間にお世話にあったある老夫婦の話である。

 

ポートランドを出て、シアトルに向けて車を待っているとき、シアトル方向はとても道が混んでいた。

 

腹をたてるとすぐに声を上げるアメリカ人には大の苦手の大渋滞である。

 

渋滞が解消されるような兆しは全くなくみんな呆れた顔をしていた。しかし、突然それを可哀想に道路側から見つめる僕に大きな図太い声でだれかが声をかけてくる。

 

すぐに振り向くとアジア人であろうおばさんに乗れの合図を貰った僕はすぐに彼女の運転する車へ向かった。

 

渋滞で全ての人間がピリピリしている中、空気を読まず呑気に車へと誘導しくれる韓国女性はイメージとがっちりハマったが、同時に感謝の気持ちで込み上げる。

 

僕が向かっている途中に前の車が徐々に動き出したのにも関わらず、僕のことを待ってくれている彼女には周りからかなりの罵声が飛び交っていたのは今でも忘れない。申し訳ないがそれがザ、韓国女性の印象なのだ

 

この車には1980年代に韓国からアメリカへと移住してきた老夫婦が運転していたのだが、実に面白い時間を過ごすことができた。

 

訪米して30年以上たっているのにもかかわらず、お父さんは全く英語が話せない。そして、お母さんの方は流暢に英語が話せるといった感じだが、韓国アクセントの強い、とても聞き取りにくい英語であった。

 

噂通り韓国女性という人間は常にひたすら

話しているのだが、こんなに辛い会話はいままであったのかと自問自答してしまうくらい過酷なものであった。

心優しいことに常にそのお母さんが延々と話していたため話題に困ると行ったことはなく、全くの無口のお父さんと僕に交互に話しかけてくれた。

 

基本的にお父さんに話しかけるときは韓国語で話す。勿論そのときは僕は全く理解できないため黙って聞いているのだ。そして、僕に話しかけるときは英語へと移り変わる。

しかし英語のアクセントがきついため、運転席に顔を突き出して耳を傾け必死に応答をした。僕からしたら彼女の韓国語は勿論、英語でさえクセが強いため理解に時間がかかってしまう。

 

そうなるとなにが起こるのか。

 

交互に話しかけてる彼女は気分で話題を変え、会話相手が変わる。それは予告などなく突然やってくるのだ。

なので必死に食らいつく僕は訳の分からない韓国語でさえも耳をかっっぽじって聞き、自分のなじみのある音が聞こえてくる、「そのとき」まで待機なのだ。そしてきたら元気よく返事をし、応答する。といったことを5、6時間繰り返していた。

 

このときの教訓は「結婚相手は慎重に選ぼう」だった。しかしあのお父さんはこれを30年以上、、、申し訳ないがゾっとする話である。

無口のお父さんはまさにその言葉の通りでお母さんが10話たのにもかかわらず、1も返答しない。

たぶんこれが日常で、普段から彼女にとっては気持ちよく会話出来ないのであったのだと思う。少しでもお母さんが気持ちよく車内を過ごせたのならば、ヒッチハイカーにとってそれ以上最高なことはないのである。

 

 

shygon.hatenablog.com

 

びぇ!

「リメンバーミー」は2017年最大級のヒット作&良作!? [考察と解説] (ネタバレ)

こんちくわ!Shygonです!

 

友達に誘われてフラ~と観に行った映画が

面白すぎてブログにするしかない!と決心した作品を熱く語りたいと思います!

 

 

「リメンバー ミー」

 

リメンバー ミーは2017年にディズニースタジオ、ピクサーにより製作されたアニメーションです。

 

ピクサーにとって初のミュージカル作品であり、

アメリカで公開されるとアニメーションながら

興行収入3週連続1位を記録し、

興行、批評ともに大成功した2017年の数少ない作品のうちの一作です。

 

 

 あらすじ

舞台はメキシコの小さな村サンタ セシリア。

この街に住むミゲルは12歳の男の子であり、この家には変わった風習が存在した。

 

それは「音楽禁止」という独特なものであり、先祖代々靴職人として生計を立てていたのである。

 

その独特な風習は、音楽家としての夢を追い求め、家を捨てた高祖父の過去があったためであった。

 

今は亡き伝説のミュージシャン「エルネスト」はこの街出身で、街のあちこちで彼の銅像が置かれ崇められていたのであった。

ミゲルもそんな彼らの一人として彼を尊敬し、いつしか裏宿で家族に隠れながらギターの練習をしていたのだった

ときは「死者の日」。

メキシコの一大イベントとして知られ、死者が1日だけ現代世界に帰ってくる日で、それを国全体が歓迎するお祭りの日。

そんな日にミゲルの行動が、、、

 

 

 

 リメンバーミーとは!?

本作は「トイストーリー」など大人気アニメーションを製作してきたピクサーの新作として2017年アメリカで公開されました。

 

メキシコが初舞台ということでメキシコでは歴代興行収入を更新すなどアメリカだけでなく世界中から絶賛されているのです。

 

そんな本作の製作を担ったのは「トイストーリー」で監督を務めた、リーアンクリッチ監督が務めます。

彼はトイストーリー」の他に「モンスターズインク」

ファインディングニモにも携わっており、実績と実力共に世界的に認められているクリエーターのひとりです

 

 

キャストとして、

ガエルガルシアベルナルをはじめ国際的に有名な俳優が名を連ねる中、スペイン語公用語であるメキシコに合わせ、

俳優たちもスペイン語が堪能な俳優たちで構成されています。

 

アニメーションとして世界的に大絶賛されている本作は

 

各国の映画賞を総ナメにしています。

 

そして、アメリカ最大の祭典、アカデミー賞ではアカデミー長編アニメーション賞のノミネートは確実で、受賞もほぼ確実だとおもっています。

 

そして、今年からアニメーションもアカデミー作品賞にノミネートされる権利が与えられたためぜひそこにも注目です!

 

 

 圧倒的な映像美、さすがピクサー!!!

ピクサーは世界初の長編フルCGアニメーションを作り上げた製作スタジオとして、映画業界に多大なる影響を与えている会社です。

 

その後ディズニーに買収されますが、彼らの方針は買収後も委任されており、毎回映像美には驚かされます。

 

いままでメキシコの死者の日を扱った映画として、

最近だと「007スペクター」は記憶に新しいですが、

死後の世界には様々な意見があるため彼らの死後の世界を大胆に見せることはあまりありませんでした。

 

しかし、今回はアニメーションということもあり、

主人公が「死者の日」に死後の世界に訪れるシーンが出てきますがここは言葉に表せないくらい「綺麗」の一言です。

 

 

まるで未来社会のような街並みとそれを四方八方照らす色彩豊かなライト

 

まさにピクサーしかなし得ない、

唯一無二の映像美です。

 

現映画会社で、映像美に関してピクサーを超える映像美を魅せる集団はないでしょう。

 

 

メイキング映像をみると一番わかりやすいですが、

これを作るのにものすごく労力と時間を有していると思うと、天才たちの努力結晶なんだと感心してしまいます。

 

 

 リメンバーミーが訴えかけるテーマとは!?

前章で、ピクサーの得意技映像美について触れましたが、この章では物語の本質に迫りたいと思います。

 

本作はアメリカで劇場公開の前に、短編映画を一緒に見ることが出来ました。

 

日本でも大ヒットした「アナと雪の女王」の新作として22分の短編映画アナと雪の女王/家族の思い出」の二本楽しむことが出来たのです。

 

個人的にアナ雪の新作短編映画はかなり微妙な結果となっとと思っていますが、その二本には共通点があると思います。

 

両作どちらも家族の物語を描いており、

この二本を通して観ると家族の絆や、思い出を描いています。

 

たまたま舞台がメキシコで死者の日でありましたが、

 

これはその地域の文化や風習を守り、未来へ繋げていくという極めて普遍的なものであり、そんな古くから伝わる風習をテーマにしていると、

インタビューで今作の製作総指揮を務めたジョン・ラセターが語っています。

 

 

 映像美だけじゃない!展開の読めない物語性!

これからはネタバレになります。

家族の話が主に描かれていますが、主人公ミゲルは音楽禁止の一家の守りを破ってしまいます。

尊敬していたエルネストのようになりたいと強く願っていたミゲルは彼のお墓からギターを奪い一年に一度行われる音楽の祭典に出演しようと目論みます。

 

エルネストのお墓に侵入し、

彼の伝説のギターを少し拝借しようとしたその瞬間、

まわりの紅葉が突然ミゲルのまわりを囲い、

彼を異次元の世界へ誘うのです。

 

今日は一年に一度の「死者の日」。

多くの死者たちが現実世界に幽霊としてやってくる中、ミゲルは彼らを見えるようになってしまったのです。

 

そして、彼の永遠のヒーロー、エルネストを探しに死者の世界に足を踏み入れてしまいます。

 

彼を探す道中、ホームレス?ぽいひとりの男ヘクターに出会い彼の旅の手助けをしてくれるのです。

 

現実世界の入出国の際に必要なパスポートのように、

この世界では現世の世界に自分の顔写真を親族が持っていないと、死者の日であろうとここをでることが出来ません。

 

 

ヘクターは彼の写真を現世においてきてほしいとミゲルに頼み込むのでした。

初めはそんな知らない変な男の手助けなどしないと拒んだミゲルでしたが、実はこのどうしようもない男こそがこの物語の鍵を鍵を握っていたのです。

 

 

そして、予測できない結末へと物語は動いていきます。

 

 

実はミゲルをつけまとう男ヘクターと伝説のミュージシャン、エルネストは生前一緒に音楽をしていたのです。

 

いまは名曲「リメンバーミー」はエルネストが作った曲として知られていますが、

実はこの曲は

 

ヘクターが作詞作曲した曲であり、

その権利を欲しがったエルネストはヘクターのことを殺めてしまいます。

 

そして、高祖父として音楽で生計を立てるとして家を出て行った男こそがヘクターであったのです。

 

はじめから伏線作りとして、

物語の方向性が、

高祖父がエルネスト!?みたいな雰囲気のまま最後まで続きます。

 

なんとなくでていただらしない男ヘクターこそが、

伝説の曲「リメンバーミー」の作曲家であり、彼こそがミゲルの先祖に当たる人だったのです。

 

本編通してみたあといい意味での裏切りにあったとともに暖かい家族の絆を思い返された本作はまさに2017年を代表するアニメーションであることは間違えないでしょう。

 

日本の吹き替えはどなたがやるのかわかりませんが、筆者は字幕で見ることをおすすめします!

 

びぇ!

 

「最初に父が殺された」が描くカンボジア史の不条理 [考察と解説] (ネタバレ)

こんちくわ!Shygonです!

 

今回はNetflix製作「最初に父が殺された」

を熱く、熱く、熱く語りたいと思います!

 

本作は2017年ハリウッド女優アンジェリーナジョリー監督によって映画化されました。

 

「最初に父が殺された 飢餓と虐殺の恐怖を超えて」を原作に原作者のレオン ウンの実体験を基に製作されています。

 

監督としてジョリーとともに原作者であるレオンウンの名前もクレジットされています。

 

そして、

第90回アカデミー外国語賞のカンボジア代表

として選出されました。

 

 あらすじ

1970年代カンボジア中流家庭のウン一家で、父はアメリカに関わる政府役員をやっていて賑やかな家庭の大黒柱的存在であった。5人の子供を育て、幸せの家庭を永遠に築けるだろうと思われていた、彼が政権を握るまでは。。。

史最悪の大虐殺を起こしたとされるポルポトが政権を握ると、国民はアメリカからの空爆を名目に都市部から避難を強いられる。それがこの悲劇のはじまりであった。

 

 

 カンボジアで行われていたこととは!?

この映画は実際に起こった事実を元に作られています。

1970代、日本が高度経済成長の波に乗る中、

東南アジアでは日本からは考えられないことが起こっていたのです

 

今回の舞台となるカンボジアでは

 

人口の4分の1が虐殺されるという世紀の大虐殺

 

が行われていました。ではなぜこんなにも悲惨な虐殺が4年にも及び行われていたのか、

それを知るためにはカンボジアの歴史を知る必要があります。

 

 

第二次世界対戦最中(19401944)

ときは第二次世界対戦の真っ最中に話は戻ります。

ナチスの筆頭によりフランス、イギリスをはじめそれまで東南アジアを植民地化していた国々は手を引きはじめました。

 

そこでドイツと同盟国であった日本は東南アジアの国々を彼らに変わって次々と支配していきます。

カンボジアもその国々のひとつであったのです。

 

 

1945

戦後、日本が降伏するとフランスが再び再植民化したのです。しかし、彼らの力は長くは続かず、ノロドムシハヌークが元々の君主制を採用し、新たな国を作ります。

 

 

1953

シハヌークカンボジア王国として、完全独立を宣言します。

 

 

ここで、隣国ベトナムに目を向けましょう。

ベトナムカンボジア同様冷戦の被害を被り、

国が真っ二つに分かれ北ベトナム南ベトナムに分かれ内戦が行われていました。

 

カンボジア国内が冷戦の影響を受けていたのと同時にベトナムでも同じようなことが起こっていたということです。

 

カンボジアはその後、アメリカとの国交を断絶し、

徹底抗戦をするのですが、食糧不足など深刻な問題が絶えず不満が爆発します。

 

 

1970

親米の一派がクーデターを起こし、

新たな国「クメール共和国を創設します。

 

昔から人種柄からカンボジア人はベトナム人を毛嫌い、

この政権ではベトナム人の大量虐殺を決行します。

 

しかし、ここではシハヌークは終わりません。

亡命した後も仲間も集め共闘を策略していたのです。

その中にあの、悲劇を起こした張本人

 

ポルポト(Pol Pot)

 

がいたのです。彼を含んだ集団をクメールルージュと呼び一気に政権を取るまで登り詰めます。

 

 

1976

民主カンプチアとしてポルポト政権が始まります。

そして、ここからカンボジアの歴史上最悪の悪夢が始まるのです。

 

 「最初に父が殺された」を解読してみる!

カンボジアの歴史について少し触れましたが、

ポルポト政権で行われた大虐殺の真実が本作ではリアルに描かれています。

 

そして、全編に渡ってほぼクメール語で描かれています。

 

なので

 

本当に臨場感のある

恐怖すら感じるカンボジア大虐殺を

肌で感じることができます。

 

 

同じ東南アジアとしては1965年に起こった隣国インドネシア大虐殺については2012年にドキュメンタリー

アクトオブキリング」は記憶に新しいでしょう。

 

 

ですが、今回はドキュメンタリーでもなく、

単にポルポト政権がどれだけ人道非道的だったのかを描いたものでもありません。

 

本作の魅力として真っ先に挙げられるのは

 

子供目線でこの大虐殺が描かれている

 

ということです。

 

 

なので、大人の事情を理解しない子供は違う切り口で現状を理解しようとします。

 

お父さん、お母さんはどんな手を使ってでも子供達に不安な思いをしないようにと細心の注意を払います。

 

なので、本編ではポルポトの姿なんて出てくることなく、

知識人が虐殺される現場を直接みることもありません。

 

しかし、ある日最愛の父親は橋の修理という名目で呼び出されます。

本人は勿論子供までもが会うのが最後になるということをみんな納得し、父親は死んでいくのです。

 

この父親はとても秀才で本作の中でもかなりの影響力を持っていると僕は分析します。

俳優として、あれほどいつ死んでもおかしくない現場を目の当たりにしながらも子供の前では元気な顔を見せようとするお父さん像は感激します。

 

そして、その父親の滲み出る優しさの中に不安が含まれている感覚を子供達はしっかり受け取り、彼らなりに理解しようとするのです。

 

子供というのは本当に感受性が敏感なんだといつも感心します。

 

 

ベトナム戦争の話はアメリカでもよく描かれますが、

このカンボジアの大虐殺はあんまりきいたことがありません。

なので、ハリウッド女優の手自ら映画化するというのは相当意味があったことではないでしょうか。

 

 

そして、ジョリー監督が

個人的にこの題材を選ぶ理由があるのではないか

と筆者は推測します。

 

今現在は既に離婚してしまいましたが、アンジェリーナジョリーはブラットピットと結婚しておりおしどり夫婦として有名でした。

そして彼らは実子だけでなく、多くの発展途上国から自分たちの家族へ養子として招き入れていることもとても有名です。

その中でも第一子の養子になった子は

実はカンボジア出身なのです。

その彼も本作では製作としてクレジットされているのです。

 

 

映画を製作する際、監督としての能力を分析するときよく言われることがあります。

 

子供の感情の変化をどれだけ映画で描くことができるかが監督としての手腕の見せ所であるそうです。

 

例えばスピルバーグ監督は特に子供を描くのが上手な監督のひとりであります。

 

そういう観点からこの映画をみるとこれほど忠実に

カンボジアの悲劇を描きつつも

子供目線で全てを描き切ったジョリー監督は賞賛に値すると思います。

 

 ポルポト政権の思想

映画を見ていると独裁政治が広がっているのは一目瞭然ですが、とても不思議なことがあると思います。

 

社会を動かしているのが、主に労働力として働いているのが

 

小さな子供達であるということです。

実はこれこそがポルポトが目指した社会構造だったのです。

 

ポルポト毛沢東の思想を基にした、

「原始共産主義社会」を理想に掲げていたのです。

その名前の通り、技術や私有財産をなくし、みんなで共有する、原始時代の仕組みを意味します。

なので個人で所有できるものなどなく、全ては国に帰属します。

そして、ポルポトは先生、医者など知識人に反乱されることを恐れて、排除を始めます。

これこそがカンボジアの大虐殺のはじまりなのです。

 

彼らは大人はもう汚れているため、まだ未発達の子供達に教育をし、大人は排除する、そのような社会構造が出来上がったのです。

 

なので、国自体が14歳までの少年兵で構成されているため、ベトナム軍に侵攻後、

ポルポト政権はたった2週間で崩壊したのです。

 

そして、国が崩壊した後、彼らは大人を虐殺しすぎたため、いまでもカンボジア国内の人口のうち、半数が20代以下なのです

 

 

 カンボジアの大虐殺を見て思うこととは!?

やはりこの作品は見てて心がものすごく痛みます。

題名の通り最初に父がどこかへ連れてかれ二度と帰ってこない人になると母親はどうにかして子供だけは助けようと奮闘します。

大勢の子供たちに別々のところに散らばらせ命を守ろうとしたのです。

まだ10歳前後の小さな子供が生きるために母親の前から逃げないといけないのです。

そんな心痛む体験がカンボジアでは普通に起こっていたということなのです。

結局母親も政府の人間に連れていかれ二度と帰ってはこなかったのですが

 

これが日本からさほど遠くない国で普通に行われていて

しかもそれは遠い昔の話ではなくつい最近のことであるということです。

もう簡単に言葉では表せない思いがこみ上げる気持ちです。

そして最後に映画の最後ジョリー監督はクメール語

こんな言葉を添えてこの映画に幕を下ろします。

 

 

 

彼女は その悲劇を忘れない 

人類の記憶に残すべき出来事だから 

 

 

あの史上最悪の出来事を身に浸みて体験したからこそ、

いまでは人権活動家になった彼女はこの映画を通して訴えかけているのです。

そして僕らはそんな歴史を他人事とは思わず、知っとくべきなのではないでしょうか。

それこそがこの映画を通して彼らが世界に訴えかけていることなのかもしれません。

 

びぇ!

 

 

「マッドバウンド哀しき友情」が語る戦争と人種差別の現実とは!? [考察と解説] (ネタバレ)

 こんちくわ!Shygonです!

 

今回はNetflix配信の社会ドラマ

 

「マッドバウンド 哀しき友情」

 

を熱く語りたいと思います!

 

本作はアメリカ、ミシシッピ州の田舎を舞台に、第二次世界対戦後の帰還兵の友情を描いています。

 

戦争終結後未だに街には人種差別が街全体に蔓延る中、

白人と黒人の帰還兵たちが様々な問題にぶつかっていく中で育まれる友情を描いています。

 

 あらすじ

世界中を巻き込んだ第二次世界対戦が勃発する中、

ミシシッピ州では労働力を期待される若い人間が戦争に従軍しており、厳しい生活を強いられていた。

 

戦争が終結し、帰還兵が故郷へ帰ってくる中、

舞台となる田舎町では相変わらず人種差別が根強く残る街であった

 

戦争中では母国のために果敢に戦い勲章までもらった黒人兵は環境の変化に納得がいっていなかった。

 

そして、それは黒人だけが感じることではなく、白人兵も人種差別には納得がいっていなかったのである。

 

戦時中絶体絶命の中自分を救ったのが黒人であり、

戦争中は黒人だろうか白人だろうが関係なかった。

重要なのはどこ出身なのかである。

 

そんな葛藤を続ける両者は次第に馴れ初めはじめるが、、、

 

 

 マッドバウンドとは?

本作は2017年製作で、サンダルス映画祭で始めて上映され、絶賛された作品のうちのひとつです。

 

ディーリーという女流監督が務め、

キャストはキャリーマリガンはじめ有名俳優が多数出演しています

 

ラウラ(キャリーマリガン)

彼女は献身的な妻を演じます。

とても優しい性格の持ち主で、夫が黒人を嫌う中、

影でお金をあげたり、黒人には寛容な人柄として描かれています。

 

ヘンリー(ジェイソンクラーク)

農園の地主として、ラウラの夫を演じます。

父親の影響もあり、黒人を毛嫌いし、奴隷をこき使う反面家族の大黒柱でもある一家の父親です。

 

ジェイミー(ギャレットヘドライド)

ヘンリーの弟で役者を目指していました。

戦争に従軍すると戦場では大尉まで上り詰め、勲章を貰うなど輝かしい成績を残します。

しかし、戦後はPTSDに悩まされ、酒に溺れ散々迷惑をかけまくります。

 

パピー(ジョナサンバンクス)

ジェイミー、ヘンリーの父親であり、

とても古風な頑固な父親です。妻に先立たれたため息子たちと共に引っ越しします。

黒人を毛嫌いし、白人至上主義の一員でもあると考えられます。

 

ロンセル(ジェイソンミッチェル)

黒人一家に生まれ戦争で戦車の軍曹を務め帰国します。

しかし、いまだに残る人種差別の風習に反発的であり、

ドイツに従軍中ドイツ人に恋に落ちそのことを人生の中で最も後悔しています。

 

フローレンス(メアリー ビリジ)

ロンセルの黒人母親であり、ジェイミー一家の下で働いていますが、ラウラとは友好関係を保ちます。

決していうことはありませんが人種差別に対して反感をもち、サングラスをかけています。

 

 

 

 ナレーションが物語の進行役

本作主に戦後に帰還兵としてかえってきた2人の相反する立場の兵が自分の中で葛藤する姿を描いてします。

 

 

白人の帰還兵PTSDに悩まされて、酒に溺れます。

戦争での実績を自慢する傍らまわりからは飽きられ始めるのです。

そして、それを皮肉るかのように戦争前の過去のシーンを描き戦争がどれほど彼の人生において悪影響を与えるのか、

事実だけを淡々と描きます。

 

 

そして、黒人の帰還兵です。戦場では人種関係なくお国のために、人種の壁を超えて団結し一緒に戦うのです。

ところが故郷へ帰ってみるとそんな状況などなく人種の違いだけで使う場所や扱いが変わってくるのです。

そして、こんな人種差別をしているのはアメリカだけで、

ヨーロッパなどでは全くないと知ると反発し始めます。

 

 

本作においてナレーションとして様々な人たちが登場し、

物語の進行を担います。

 

 

ラウラ一家の妻としての葛藤や悩みを訴え、

 

ジェイミーは人種差別への反感と、親父と兄貴が人種差別者であることへの反感を持っています。

 

ロンセルは黒人として、戦場より良い環境のはずの故郷がそう思えなくなり、そして恋人を異国の地へ置いてきたことへの後めたい気持ちの中で葛藤を続けています。

 

色んな人たちの思惑が混在している中物語は思いもよらない方向へと舵取りするのです。

 

 

 思いも寄らないエンディングとは!?

冒頭シーンで父親パピーが亡くなったことで大雨の中、

息子2人が遺体を埋めるため穴を必死に掘るところから始まります。

 

雨が止んだあと父の遺体を地中に埋めるのですが、

2人では足りず通りかかった黒人一家に助けを求めます。

 

黒人一家はものすごく嫌な顔をするのですが、

結局その命令に従い助けることにしました。

ここの冒頭シーンを見るだけだとなにが起こってるかさっぱりわかりませんでした。

 

しかし、このシーンこそが最後の結末が語られる際最も説明が難しいシーンに出来上がり、答えの見つからない永遠の旅みたいなものに放り込まれる感覚がするのです。

 

2人の帰還兵は戦争に貢献したとして崇められる存在になるのですが、そんなのは一瞬でありすぐに忘れ去られてしまいます。

 

そんな戦争の辛さを帰還後も引きずるのですが、

それを分かち合えるのは戦争を知っている彼らのみです。

 

そこで人種の壁を超え痛みを共有し始めるのですが、

街の白人たちは黒人と一緒にいるのを許すことはせずついに実行に移してしまいます。

 

パピーは白人至上主義グループの一員として、黒人とつるんでいる息子ジェイミーとロンセルを捉え、ジェイミーの前でロンセルの拷問を始めます。

 

拷問の最後には、舌、目、金玉のとごを切り取るかをジェイミーに選ばせることまでします。

 

肌の色が黒いだけで拷問を受けたロンセルは一応一命を取り留めましたが、ジェイミーはこれにかなり憤慨します。

友達に拷問を行う際自分の父親が率先して拷問していたのを見て怒りが込み上げ、実の父親をジェイミーは殺してしまいます。

 

なので、冒頭シーンでお墓を作ってたジェイミー張本人が実の父親を殺していたのです。

 

そして、そこに通りかかった黒人一家が助けることを拒みたかった理由は息子を拷問した張本人の墓をつくっている最中だったからです。

 

 

 

  • 本作が訴える人種差別と戦争の関連性とは!?

戦争後、どれほど人は豹変し、それをまわりが全く理解できず悲惨な結末が待ち受けているか、という題材の映画はいままでも山ほどあります。

最近の映画では、

「アメリカンスナイパー」や「74日に生まれて」

など様々な名作が挙げられますが、

今作は他に人種差別という大きな問題を同時に取り扱っています。

 

 

黒人にとっては

 

我が国のためにと必死に命をかけて戦ったにも関わらず、

帰国後は白人とは一緒に讃えてもらうことができない

 

のです。

 

それは単なる肌の違いだけなのです。

そんな現状によく思っていない白人にも同じような態度をとる古風な人種差別者に怒りを覚えます。

 

PTSD人種差別の大きな2つの問題を重ね合わせることで見える新たな一面。

 

まだ考えさせられる映画、

それが本作「マッドバウンド 哀しき友情」です。

 

そして、本作で黒人一家の母親役を演じた

メアリー ビリジは本職が歌手にも関わらず役者顔負けの演技を見せています。

様々な映画賞で助演女優賞に輝いていることから賞レースに絡んでくることは間違いないでしょう。

 

びぇ!

カルト的金字塔「ブレードランナー」をなぜこんなにも愛しているのかを語る![考察と解説] (ネタバレ)

こんちくわ!Shygonです!

 

今回は年を重ねるごとにファンを増やし、「カルト映画の金字塔」と言われる

 

ブレードランナー(Blade Runner)

 

35年ぶりに新作「ブレードランナー2049」が公開され、再び脚光を浴びましたが、

一体この前作ブレードランナーをしっかり理解して新作を見る方がどれほどいらっしゃるでしょうか?

 

実際にこの作品の意図が分からずに新作を見に行くという方も少ないと思います。

なぜならそれが本作が長年カルト映画として愛し続けられた要因だからであり、

とても理解するのが難しい難解映画であるからです。



1982年に公開された本作は、

監督を巨匠「リドリースコット」が務めたことから公開前に脚光を浴びたそうです。

しかし、いざふたを開けると大コケだったのです。

 

しかし、年々着々とファンを増やしていき、僅かな層ながら絶大的な人気を誇ってきた

 

カルト映画の象徴とも言えるべき作品です。


あらすじ

 近未来2019年ロサンゼルス。

環境破壊で宇宙へ移住が成される中、技術の発展からレプリカント(ロボット)による過酷な強制労働が行われていた。

しかし、そんな彼らも数年経てば感情が芽生え、人間に反逆するようになっていく。

そんな中、そのレプリカントを殺害する特別警察デッカードに仕事が舞い降りる。

地球に4体のレプリカントが潜伏しているため、それを全て対処するというものだった。しかし、その戦いは想像を絶するものであったのだ。。。



こんな今ではありきたりの設定に一見陳腐に見えがちの登場人物たち。

一体どこに映画史を変えたほどの魅力が潜んでいたというのでしょうか。

様々なカテゴリーに分け、熱く語っていきたいと思います。


公開年「1982」が意味する歴史的背景とは

時は1982年。この年に本作が公開されたわけですが、

この数字が示す時代は映画史の中でも特に重要であるのです。

 

1977年、ある一本の影響で映画製作においての方向性がその後ガラッと変わります。

 

同年に公開されたスターウォーズは興行的に成功しただけでなく、

人々の映画の常識そのもの自体を変えました。

公開後40年経ったいまでもなお多くのファンを持つ、いわば名作なわけです。

 

様々な思惑が混在するハリウッドでは、スターウォーズの以前は

 

SF映画は陳腐、子供の見るものだ」

 

という認識が人々の中には存在し、全く見向きもされませんでした。

しかし、スターウォーズ」の登場はその常識を根本的に変え、

人々はSF映画の熱狂の渦に溶け込んでいったのでした。

 

 

それからハリウッドでは様々なSF映画が脚光を浴びる中、

スティーブン・スピルバーグ監督の「E.T」が1982年に公開されると

その年の興行収入第一位に踊りだすだけではなく、

全世界興行収入の記録をも塗り替えるほどSF映画の波にハリウッドは飲み込まれていたのでした。

shygon.hatenablog.com

 

上記に述べたように本作「ブレードランナー」が興行的に成功しなかったのは

同年1982年に「E.T」が公開していたからなのです。



「E.T」や「スターウォーズ」のようなSF映画が世の中に浸透していく中、

 

 

統制され腐敗したディストピア的近未来を描く

 

 

ブレードランナーはそんな映画たちとは真逆の方向の映画であったのです。

 

明るい希望を持てるようなSF映画が大人気の中、本作は全く違う立場での近未来を描くものです。



しかし、ではなぜ本作は腐敗した近未来を描くながらもいまなお名作なのでしょうか?

 

答えの一部は、「スターウォーズ」や「E.T」の世界観の中には描き切れなかった

斬新なアイデアと設定があったからです。

 

詳しくは最後の章で熱く語りますが、本作まではSFの世界観とは明るくて希望の持てる話でした。

しかし、

ブレードランナー」ではそれをあえて悲観的に捉え、想像したら絶望しそうな世界観を描くのでした。

 

これについては本作の監督「リドリースコット」が本作を手掛けるときに参考にしたといわれている作品があるため、触れておきます

 

SF映画の原点にして頂点」と言われる、1926年公開のメトロポリスの統制され腐敗したディストピアを描き、多くのSF映画に影響を与えております。

 

ブレードランナー」に出てくる都市の中心部ともいわれる壮大な建物は

この映画の頭脳的存在の建物と類似しているのです。

 

メトロポリス」の影響もあり、それまでの多くのSF映画では

近未来は町中どこを見渡しても立派な建物だらけなのです。

 

しかし、「ブレードランナー」では、

 

立派な建物が立ち並ぶ中、そのすぐ真下では腐敗した街並みにホームレスのような人たちが蔓延る世界が広がっているのです。

 

いままで、SF映画の中で、近未来が描かれるとそれはすべて完璧な建物しかなく、腐敗した街並みは過去の産物であったのです。

 

しかし、その時代から数十年が本当に経ちましたが、全てが完璧で綺麗な建物が立ち尽くす世界には微塵も近づいていないのです。

 

それよりかは本作「ブレードランナー」で描かれる

 

最先端の技術と過去の負の遺産が共存する世界

 

になっているではないでしょうか。

 

そんな本当の未来を数十年も前から本作は予言していたのです。

 

技術的に本作が評価された理由を紐解く

SF映画の中でも斬新的なディストピア映画である本作はその管理された近未来を描くため細部まで徹底して作り来れています。

本作の世界観をリアルに描くため様々な小道具が使われます。

 

 

スモーク、ネオン、霧を照らすスポットライトは同時に閉寒感と奥行きを表現し、

広告などのライドが常に四方八方照らしているのは、監視された社会を表現し、

そして、音楽はジャズとシンセサイザーの重音がより一層不気味な雰囲気を作り上げています

 

 

これぞサイバーパンク的世界観のイメージを徹底して目指した頂点であり、

本作の基になった原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」への最高のリスペクトな気がします。

 

そして、本作の特撮を担当した

「ダクラス・トランブル」は自分の名前が一種の技術として命名されるほど有名であり、彼の技術的な側面の画期的なアイデアがどれだけ本作で活躍したのか計り知れません。




では次になぜ今作は「カルト映画の金字塔」とまでいわれるようになったのでしょうか?

それは何度見ても作品の意図がわからず、ファンの間では常に様々な説が飛び交っている状況です。

 

つまり、一度見ただけでは完全に理解などできず、何回も見て研究する必要のある映画なのです。

 

そして、「ブレードランナー」は計5種類も存在し、結末がバージョンによっても異なってくるのです。

そんな様々なバージョンが存在する映画はカルト映画には多く、

例を挙げると1985年に公開された「未来世紀ブラジル」もカルト映画としていまもなお人気を誇っています。



細部に至るところまで様々な伏線を張っていると今作はいわれているので、

その一部をご紹介します。

 

タイトルにもある「ブレードランナー」とはレプリカントを抹殺する特殊警察です。

Balde(ブレード) Runner(走る人)の名前の由来から映画のいたるところに

扇風機の羽根やタケコプターのようにまわる天井についたデカいブレードがあります。



次に、この作品の基になった、根底にあるものについてです。

実は聖書の由来の「贖罪(しょくざい)の生贄」にて堕天使アザゼルに駆逐される羊たちの話に主人公デッカードの人物像と重なる部分があるといわれています。



本編のほとんどの時間が暗闇の中描かれているのにも理由があるのです。

回転する挿絵を鏡を介してみることができる装置であり、

アニメーション技術のはじまりでもある

「プラキシノスコープ」の見える世界を

そのまま本作「ブレードランナー」では再現されているようです。



そして、折り紙を折って、主人公デッカードの前に置くという印象的なシーンにも様々なメッセージが隠されているといわれています。

ディレクターズカット版が公開されると、いままで謎に包まれていたユニーコーンを彷彿させる折り紙のシーンの謎が説かれたのです。

 

このバージョンではとても衝撃的な結末を彷彿させることからファンの間ではとても話題になりました。

ユニコーンの結末が導いたことは、

 

実はデッカードレプリカントであった!?

 

という結論に行き着くのでした。レプリカントを狩っていた者自体がレプリカントかもしれないという結末には映画として成り立つのか不思議に思ってしまうほどです。

これに関してはのちに監督の「リドリースコット」はただ想像の幅を広げたかったと語っていますが、真相は謎に包まれたままです。



このように、これらは「ブレードランナー」の真意を読み解く一部分でしかありませんが、

 

1シーン、1シーンに意味があり

それらが集まってやっと2時間の映画が成り立っている

 

ということです。

 

本編二時間の中で、

欠けていいシーンなど一つもなくその全ての細かなシーンが全て集まってはじめて名作「ブレードランナー」が完成するということです。

 

全てのシーンや事柄に意味を持つ映画など他に存在するのでしょうか。

そう疑問を持つくらいよく考えられており、映画の枠を超え、芸術の域をも超えてしまっているのではないかと僕は思っているわけです。

 

込められた思いと本作の魅力とは

最終章についに突入です。

ここまで様々な本作の魅力を存分に語ってきましたが、ここからが本作の本当の魅力です

 

技術が急速に発展し、ロボットが人間にとって代わって生活の至るところまでを担うようになりました。人工知能の急速な発展でロボットたちが自分で考え、決断を出す日ももう遠い未来の話ではありません。

 

ブレードランナー」では2019年の近未来を舞台にレプリカント(ロボット)の能力は人間と同レベルか超えるまでの領域まで発達した世界が描かれています。



考えてみてください

1982年に作られた映画の近未来がいま僕らが生きる現代社会とほぼ変わっていないということです。

 

1秒先のことが予言できないのにも関わらず、この映画は数十年後の社会をきっちり予言できている恐ろしさを感じてほしいものです。

 

そして、いま僕らが抱える技術を超え、ロボットたちは自ら感情を持ち始めたというのがブレードランナーの世界観です。

するとどうでしょうか?

 

人間とロボットの違いはなんでしょうか?

 

 

いままで

 

感情の有無や自ら考えることができるか否か

 

をロボットと人間の違いとして考えてきたぼくらはそれらの差が埋まるとかれらと一体どこが違うのでしょうか?

 

その差がなくなりはじめたところ

 

を本作では扱っているのです。

 

その実に難しい倫理的な問題をこの映画は扱いどうするべきなのかという問題提起をしているようにこの映画を見ると思うのです。



その題材を扱うにあたって、「ブレードランナー」のレプリカントは感情以外はなにも変わらず、製造後数年たてば感情が生じてきます。

そして、安全装置を同時に持ちと、4年が寿命となりそれ以上は生きれない設定の基映画が進んでいきます。

 

感情をもつために記憶を植え付けられ、自分では十年前の記憶があるにもかかわらずレプリカントの可能性もあり、自分でも人間かレプリカントかもわからなくなってしまいます。

 

上記したように、そんな理由からレプリカントを狩る立場の者でさえ、レプリカントではというこのありえるのです。

 

これからも様々な技術が開発されていく中で、人間とロボットの区別は?という永遠に答えの出ないような問題を僕たちは考えなければいけないのかもしれません。

 

公開当時よりレプリカントは技術の発展で現実味を帯びているため、

ますます映画「ブレードランナー」は現実感が増すのです。

 

実はこんなに語ってもまだ本作の伝えるメッセージというのは一部分でしかないのです。

最後の敵の言葉の意味や意味深な描写が数えきれないほどです。

 

しかし、ここからは自分で考え結論を出す。

考えることが重要であり、

そのゴールの検討がつかないのがカルト映画の魅力です

 

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びぇ!

「ナルコス」が描く麻薬密売人たちの壮絶な生き様とは?[考察と解説] (ネタバレ) ~ シーズン1, 2編 ~

こんちくわ!Shygonです!

今回は視聴者から絶大なる人気を誇る

NETFLIX製作のドラマ、「ナルコス」を徹底的に深く掘り下げ

熱く語りたいと思います。

 

さらにこの記事では主にシーズン1, 2の総括をし、熱く語っていきたいと思います。


ナルコスとは?

2015年の夏からNETFLIXでシーズン1の配信が始まり

全シーズンで4部構成で、南米地域の麻薬カルテルを描く物語です。

 

シーズン1が配信されるとすぐさま反響を呼び、続編が決定し、多くのファンを抱える作品となっています。

 

題名のナルコスはスペイン語「麻薬ディーラー」をいう意味で、

シーズンごとに様々な環境、人物に焦点を当てて物語を進行させているのが特徴です。

 

 各シーズンの総括

シーズン1, 2: 「メデシン・カルテル」の繁栄と滅亡

史上最悪の麻薬王「パブロエスコバル」の繁栄と滅亡を描きます。

彼がどのようにして「メデシン・カルテル」という帝国を作り上げ、

アメリカに混乱を招くくらいのコカインを密輸したのか。

コロンビアを舞台にアメリカとの関係にも焦点が当てられます。

 

シーズン3 : 「カリ・カルテル」の繁栄と滅亡

舞台は再びコロンビア。

パブロ亡き後、その後釜を担った

「カリ・カルテル」のロドリゲス兄弟とその仲間たちがどのように覇権を取り、繁栄し、失脚していったのか

を描きます。

 

シーズン4 : 「フアレスカルテル」の繁栄と滅亡

舞台はコロンビアからメキシコに移ります。

カリの滅亡後、フエンテスが覇権を握り、1990年代最も恐ろしい麻薬王として、

空輸で大量の麻薬を輸送して巨万の富を築きました。その栄光と最期を描きます。


「ナルコス」の魅力とは?

  1. 物語

このドラマ見ていて全く飽きません。

事実を元にしているとは思えないくらい僕らには考えられないことが起きるのです。

登場人物ほぼ全員に魅力があり、よくキャラクターに焦点を当て

描かれているため予想を裏切り、常識を常に超えてくるのです。

 

そして、最大の魅力は歴史の勉強になるということです。

 

1970年代後半から1990年代まで一体なにが起こっていたのか?

どうしてアメリカが無視できないくらいの麻薬消費国になってしまったのか?

それは南アメリカ地域からの麻薬の流入が原因だったのですが、

なぜそんなことがおきてしまったのか?

このベトナム戦争後、アメリカを混乱に落とし込めた理由を

このドラマから学習できるのです。

事実を基にしているため、実際の映像が本編でもたびたび挿入され、

とても親近感がわくのです。

 

  1. ネット配信の強み

本作はNETFLIX製作のストーリミング配信の作品です。

 

なので、テレビや劇場とは違って様々な妨害が発生しません。

 

例えば、残虐シーンです。

残虐シーンの多さに左右され劇場公開やテレビだとスポンサーの協力があっての製作なため最悪公開できないなど様々な邪魔が入ってしまうのが事実です。

 

しかし、ネット配信なので、そのような心配は無用なのです。

なぜならネット配信を言い換えると、自主製作のようなものです。

事実に近い状態で、作品を作り上げるのが必須だった本作では

残虐シーンの多用は不可欠です。

そんな本作にはピッタリな条件下でドラマを撮ることができたのです。

 

そして、言語の問題です。

これもテレビや劇場だとみる人に制作側が歩み寄らないといけないため、

客層の理解できる言語でドラマを撮るのは当たり前です。

しかし、リアリティーを追及していた今作では、

舞台が南米であるため、全編のほとんどがスペイン語なのです。

これにより現実に近い状態で、このドラマを楽しむことができます。

要は、字幕で見ろ。ということなのです。

 

そして、本題に入ります。

今回の記事ではシーズン1,2に焦点を当て、熱く語っていきたいと思います。

 

シーズン1,2では「パブロ・エスコバル」の生涯にスポットを当て、物語進行していきます。


「パブロ・エスコバル」ってどんな人物?

パブロ・エスコバルは一時、世界一の麻薬王として暗躍し、

フォーブスの長者番付では7位にランクインするなど、

かなりの大富豪でした。

 

彼の組織「メデシン・カルテルでは

一日に15トンものコカインをアメリカへ空輸し巨額の富を得ていました。

彼の経営手腕は天才と称されるほど、もの凄いスピードでメデシンを世界に知らせました。

 

しかし、敵対した組織や警官たちを躊躇することなく殺したため、

マフィアだけでなく、アメリカにも敵視され、命を狙われます。

結局アメリカの手によって射殺されるのですが、

地元コロンビアでは、彼が殺された後でも英雄視され、

いまでも一部の層には人気があります。

 

彼がどれほど影響力があり、世界を混乱させた力があったのか、こちらのサイトに詳しく乗っておりましたので、ご覧ください。

http://gigazine.net/news/20160805-pablo-escobar-wealth-visualized/


「パブロ・エスコバル」が持つ影響力とは?

彼が牛耳っていた麻薬は

アメリカ国全体を混乱させるほど、社会問題に発展していきました。

いま現在アメリカは世界でも有数の麻薬大国として知られていますが、

その根底にあるのはパブロ・エスコバルが大量に密輸したからなのです。

 

上記の通り彼はメキメキと資産を増やし、世界でも有数のお金持ちへとなっていくのです。

まだ彼の裏の顔が知られていないときには、

彼は政治の世界まで顔を突っ込み、市の議員までなります。

最終的に大統領を狙っていた彼ですが、

その前に彼の悪行が表に出てしまいその道を断念せざるを得なくなります。

 

彼がどれだけ国だけではなく世界的に影響力を持っていたのか、本作ではよくわかります。

彼の行動一つ一つが世界を動かすまでになってしまうのです。



  • シーズン1,2の魅力とは?

映画やドラマを創作する際、とても重要なポイントがあります。

どの視点で物語を描くのかということです。

どの視点で物語を進行させていくのかで、出来上がる作品は全く違うものになります。

 

「ナルコス」では舞台のコロンビアを主体に話が進んでいくのですが、

主人公は2人いて、どちらも実在の人物です。

 

一人目は「スティーブ・マーフィ―」

彼はアメリカから麻薬の出所を探るため派遣されたDEA捜査官です。

 

二人目は「ハビエル・ペーニャ」

彼もスティーブ同様、DEA捜査官ですが、真面目なスティーブとは正反対で手段を選びません。そして、スペイン語が堪能なのも彼の特徴です。

 

物語自体は南米の麻薬戦争なのですが、視点をアメリカ人のDEA捜査官にすることで、

内容自体から少し距離をおき、客観的にこの麻薬戦争に焦点を置けるというのが

本作の最大の魅力です。

 

ですが、シーズン1、2はパブロ・エスコバルの人生が描かれるため

パブロ側とDEA捜査官との駆け引きはとても魅力的でした。

様々な水面下での交渉や彼らの心の動揺も大事な情報として鮮明に描くのです。

 

はじめは順調に「メデシン・カルテル」を拡大していくのですが、

彼の裏の顔が暴かれ、敵は皆殺しにしていると、

国は勿論アメリカからも指名手配されるようになり逃亡生活を余儀なくされます。

 

彼は自分が置かれている状況の変化と老いが重なり、

俳優としての演技は最高峰に難しいと思いえるのですが

パブロ・エスコバルを演じた「ヴァグネル・モウラ」は天才です。

 

家族を守るため、メデシンを守るため必死に逃亡していると当然ストレスはたまります。

そして、必ず来る老いとの闘いで疲れた果てた彼の生きざまはまさに伝説でしょう。

 

本作では決して彼の行いを英雄視して描いているのではなく、

彼の関わったとされる悲惨な抗争や事件も忠実に描いています。

 

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