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映画の魅力とは何なのか。見解を交え、熱く語っているブログです。映画をもっと知ってほしい、もっと好きになってほしい。それだけを願うブログであるのです。他にも様々な分野にも綴っております。ぜひご覧ください

ヒッチハイカーがポートランドの魅力を語る!

こんちくわ!Shygonです!

 

今回はヒッチハイカーShygonが訪れたアメリカ北西部に位置するオレゴン州に注目したいと思います。

特に州都ポートランドをご紹介します。


この街は様々な雑誌が全米一住みやすい都市として毎年名前が挙がり、

一位に輝くことも少なくありません。
ニューヨーク、ロサンゼルスなどのビックシティを退いて、なぜいわば田舎町に過ぎないココ、ポートランドに人々は魅力を感じるのでしょうか。

大きく分けると3つのカテゴリーに分かれると思います。
それでは順番に語っていこうと思います!

 

  • 魅力① : 魅力的な観光地!!

王道な旅行としてどこかに旅行にいくと必ず有名なスポットは抑えると思います。

ポートランドで一番有名と言って過言ではないUnion station はポートランドの人々の大事な足になっている場所です。

単なる駅として機能しているのではなく、観光目的として多くの人が訪れる場所の1つなのです。


そして、ポートランドアートギャラリーです。

絵画が好きな僕にとっては最適な場所です。建物も単なる建物として存在しているのではなく、見ているだけでうっとりしそうな美しさを兼ね備えているのです。

中でも有名な絵画は山ほどあり、フランス印象派巨匠のクロードモネとルノワールの絵が見事です。他にもゴッホの絵やフラゴナールの絵もありとても有意義な時間を過ごせました。
そして、代表的な観光地だけで終わらないのがポートランドです。
街全体が観光地と言えるのがポートランド
この詳細は下記の魅力②にありますので、そちらをご覧下さい。

 

  • 魅力② : 自然と街並み

この街ポートランド、とにかく綺麗の一言に尽きます。街並みを一目眺めるだけで一位に輝く理由がわかった気がするのです。
建物もニューヨークやロサンゼルスにはない

西洋風な傾向が強く、ヨーロッパを彷彿させます。


ドイツのような赤レンガで埋め尽くされる要素を持ち、同時にアメリカが誇るタイムズスクエアのような発展した文化社会を垣間見ることも可能なのです。

まさに都市社会の弱点をきちんと網羅し、都市化していく街と自然が見事にマッチングしているのです。
そして、部分部分がとてもお洒落なんです。

例えばこの橋。ただの鉄筋で覆うゴツい橋にするのではなく、真っ赤に染めるなど今までの僕のイメージを覆すようなインパクトがありました。
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この街の住民とにかく自分の街に誇りを持っているということが伝わってきます。

僕がヒッチハイクをやった1つの理由として様々なひとと話を実際にできるという利点があるからしたのですが、ポートランドのひとと話していると地元愛をものすごく感じるのです。

道を尋ねても気さくに答えてくれて、さらにおすすめの場所まで教えてくれるのです。

アメリカの共通認識として皆さん家や車に米国旗を立てるように自国愛が凄いんです。

それをポートランドでもしっかり感じることができます。

そして、ココがポートランドの注目すべきポイントです。

僕がアメリカに来て一番驚いたこととして挙げられるのが、

太っている人が本当に多いということです。

どこにいっても老若男女太ってます。

しかし、ココポートランドその常識を全て覆すのです。

街を歩いていてもほとんど見かけないくらい

みんなスリムな体型を維持しているのです。

その理由がまた僕は素晴らしいのではないかと思っています。

 

ポートランドの街中を散策しているとわりと多くの人がジョギングやスポーツをして楽しんでいます。

その効率のいい、理にかなったポートランドの生活は朝から始まっていたのです。そして、その光景がポートランドの自然に満ち溢れた生活感と見事合っているのです。

もしポートランドに行く機会があったら朝の住宅街に行くことをおすすめします。観光地でない、何気ない住宅街の一角にポートランドの最大の魅力が隠れているのではないかと僕は強く思っています。

そして、これを感じたのはホテルに泊まり飛行機移動の普通の旅行ではなく、ヒッチハイクや野宿を経験したからこそガイドブックには載っていないコアな部分のポートランドを体感することができたのかもしれません。

前代未聞のクレイジージャーニーはじまる!?in アメリカ

はじめに

これは何かを伝える、語る記事ではありません。

ある一定層の方のみ該当しており、申し訳ありませんが、

その他の方が読んでもよくわからないと思いますが、ご了承下さい。

こんな形が一投稿となってしまい申し訳ありません。

 

 

これは筆者Shygon

月中旬アメリカのある小さな町から始めた、極めて壮大でイカれた旅行記を綴ったものです。

 

では本題に移ろうと思う。

 

 

 

8月某日カリフォルニア州北部の高速道路で、

Northの紙を片手に親指を立てながらアピールするひとりの青年がいた。

 

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そう、ヒッチハイクの旅の始まりである。

小柄な体格である彼には大きすぎるバックパックを担ぎ、行き交う多くの車に無視されながらも果敢に異国の地アメリカで生きていたのであった。

 

20歳である僕はまだ親から養ってもらっている立場なため、どこにいくにしても親にいま自分がどこにいるか伝える義務があるのだ。

 

ここでこれを読んでいる母親はじめ一同はギョッとしていることであろう。

補足すると僕はこの期間、彼女にはロサンゼルスに住む友達の家に行くと行って飛び出してきている。

ところがどっこい、$45を片手に握りしめ、友達などさらさらいない、 真逆な北部の街バンクーバーへ一文無しで目指しているのである。

友達の家どころか、各地で野宿を経験し、歩いて国境まで超えるという全く予想のつかないことばかりだった

 

ココで深く謝罪します。

申し訳ありませんでした。僕はわかっていたのです、ヒッチハイクをするというとはっきりNoと言われることを。

なので、考えた結果がこれです。 

 

話を戻すと僕はいまカリフォルニア州の北部レディングというところにいる。ここから壮大な、命の保証のないヒッチハイクの旅のはじまりである。

 

今回はこのヒッチハイクの旅をした事後報告をここでさせて頂きます。

次回からは

僕が実際に訪れた都市、

 

 

の3つの都市をご紹介すると共に、ヒッチハイク自体の実態やメリット、デメリットなど様々な角度からヒッチハイクとはに迫ります。

そして、ヒッチハイクをして実際に感じたアメリカという国にも焦点を当てたいと思います。

 

実際このヒッチハイクを経験して、ものすごい自分の中の価値観が変わり、本当にいい経験をしたと身にしみて感じているところです。

なので、その一部を本ブログでは共有していきたいと思います。

 

今回はこの辺で失礼します

 

びぇ!

全女性のシンボル「ワンダーウーマン」が訴え続けることとは?[考察と解説]

こんちくわ!Shygonです!
今回は話題のDCコミック作品の実写映画化

 

ワンダーウーマン

 

について熱く語ります。

 彼女はバッドマンやスーパーマンの原作のDCコミック出身で一番人気の女性キャラクターであり、いままでも何度も実写映画化されてきたのですが、幾度も失敗を重ねてきたのです。

ですが、本作はアメリカで公開されるとすぐさま話題を呼び、

低迷中で成功が少なかったDC関連の作品の復帰の兆しが見えたのです。

 

そして、ハリウッドはいままでこのような大作映画を女性には任せてこなかったのですが、本作は女性が監督した作品の中で興行収入が史上一番なのです。

こんな偉業成し遂げてきたその裏には監督の些細な努力や、男性社会の中でたくましく生きてきた彼女の存在も本ブログでは触れたいと思います。

 

 

 

  • あらすじ

時は1940年代。

世界は第二次大戦に翻弄され、ヨーロッパはナチスの占領下になりつつありました。

そんな時ドイツのある基地でイギリス出身のスパイが新作猛毒ガスの存在を突き止め、設計図とともに空に逃げ込むのでした。
ですが圧倒的な追手を前に力尽き、一面広がる海に失墜するのでした。

実はそこは外界と一切縁を持たない女性だけが住む島、

パラダイス島だったのです。

そこに住む主人公ワンダーウーマンは人生で初めて見る男性に興味を示し、

彼の話を真剣に聞くのでした。
しかし、その島は男性禁制であり、審議の結果男性は死刑でした。
ですが、外界での出来事を知った彼女は第二次大戦を集結させるために彼とともに初めての外界に飛び出していくのでした。

 

 

 

  • 圧倒的な映像美と美貌

今回のヒーロー映画は一言で、映像が綺麗過ぎるという点です。
上記に示したように、大作ヒーロー映画史上初めての女性監督ということもあり、いままでの男性監督にはない作品の魅力というものがあるのです。

 

性別によって特徴があるように芸術面においても女性の感性は時に男性にも太刀打ちできないのです。

 

冒頭のシーンにて、ワンダーウーマン達が住んでいる島を圧倒的な映像美で観光できるのですが、思わず唾をゴックンと飲み込んでしまうくらい目が離せないのです。

さらに男性禁制というのもあり、そこらを歩いているのが女性だらけなのです。

 

これは映画という域を超えて、実際に観光として島に行くと、まわりはモデルみたいな女の人が歩く楽園天国なのです。
こんな素晴らしい旅をたったの10ドルで堪能できる旅行はありません。

 

映画として、CGを駆使し、映像美を売りにする映画はいくらでもありますが、

こんなにも映画ということを忘れて現実逃避できる映画ワンダーウーマンただ一つなのかもしれません。

そこにはやはり、女性が作品の統括をしたという事実も根底にはあり、

男性で固められてきた社会のおわりの到来を意味するのです。

 

 

 

本作はDCコミックが元となっているので、原作があるのです。

第二次大戦の最中、バッドマンやスーパーマンのように男性ヒーローしかいなかったとき、女性ヒーローの必要性を感じ、

当時弁護士、発明家など幅広い顔を持っていたウィリアムマーストンによって考案されたのです。

 

なので、彼独特の特徴がワンダーウーマンにも反映されているのです。
例えば、今もある、あのウソ発見器の原型を発明したのは彼なのです。

 

それがワンダーウーマン三種の神器として数えられる、ラッソオブトゥルースです。

 

初期設定も原作のコミックにあったものと今回の実写映画での設定は完全に違うものとなっています。これはコミック作品にはよくあることですが、

作られた当時はギリシャの神々が形成したとなっております。

しかし、本作ではかつての師匠アレスの命に背き、アレスの殺し、取って代わって新たな軍神となったという設定でした。

 

そして、ワンダーウーマンのモデルはその頃かなり珍しく、

弁護士をしていた妻エリザベスと愛人のオリーブであると言われています。

この原作者は戦う強い女性ヒーローを作ったのですが、実際にワンダーウーマンのキャラクター性と原作者マーストンの実生活には矛盾が生じており、それが最近わかってきたのです。

つまり、性差別を無くすために運動する戦う女性のシンボルとして誕生したワンダーウーマンの原作者マーストンには

彼がコミックで求めた理想と現実世界の彼の女性に対する行いは相反するものだったのです。

 

さらに原作者ウィリアムマーストンはワンダーウーマン以上に劇的な人生を送っていたことから映画化するようです。

 

 

 

  • 考察

ここまで読んで頂くとお分かりになっていると思いますが、本作新し試みだらけなのです。

 

大作映画作品史上初の女性監督

女性監督作品史上最高の興行収入

史上稀な単発女優の大作主演&大成功

 

などこの映画の成し遂げた新たな映画制作においての指標は計り知れません。
一昔前までは女性はあくまで男性と恋に落ちる相手役に過ぎず、彼女らに焦点を当てる映画が多くありませんでした。

しかし、今回はこの映画に携わった主な主要人がみんな女性なのです。

 

この背景が重なり、アメリカでは半数以上の観客が女性である、という大手米国通信社の調べもあるのです。

 

最近は女性も徐々にではありますが、映画製作の際に重要な役職を任されることが増えてきましたが、この作品を機にもっと女性の活躍の場が広がるのではないかと僕自身思っております。

 

つまり、ワンダーウーマンとは単に興行的に大成功した"面白い映画"ではなく、間違えなく今後の映画制作に爪跡を残す結果となったのです。

 

これからはネタバレになりますが、
最後毒ガスの基地を見つけた彼らはその処理に迫られるのですが、

何も打つ手がなくなったとわかったとき、脱走兵でワンダーウーマンに助けてもらった兵、スティーブはある決心をするのでした。

 

冒頭シーンで設計図を死ぬ気で奪い、逃げる覚悟をしたように

最後も毒ガスを積んだ飛行機に1人で乗り、空中で自爆するのです。

 

僕はここのシーンを見せられたときヒーロー映画を超える何かを感じました。

なぜなら、ヒーロー映画は正義が勝つという決まった流れを守る兆候があるのですが、この映画は主要人物の1人が亡くなってしまうのです。

ここのシーンで、綺麗事ばかりで終わるヒーロー映画の域を完全に超えたことを確信したのです。

 

 

そして、最後に監督とワンダーウーマンの映画の中での主張です。

これは劇中から例を挙げたいと思います。
はじめにワンダーウーマンとスティーブが毒ガスの設計図を持ってイギリスの議会に入り込むシーンです。

ここで監督の性差別への反対の意がわかります。

 

その当時女性は参政権すらなかったため、勿論議会に入ることは断固道断です。

さらにそこで意見をいうワンダーウーマンはもっと常識はずれなのです。やはり、議会にいたご老人たちはびっくりした顔で怒鳴るのです。

 

このようにこの映画では華やかな映像やアクション以外に、女性監督ならではの主張というものが物語を通じて汲み取ることができるのです。

 

 

 

  • 最後に

今作ワンダーウーマンは映画として

圧倒的な映像美、美貌をスクリーンを通じて体感できるだけではなく、

そこには現状の男女間の性差別に対しての異議を唱え、

映画を通じて世の中を変えようと試みているのです。

それは

ワンダーウーマンというキャラクターが出来た起源にも紐付けられ、

戦う女性のシンボルでもあるからです。

 

びぇ!

大問題作オクジャと映画界に潜む裏事情とは?[考察と解説]

こんちくわ!Shygonです!

あの世界三大映画祭の一つ、カンヌ国際映画祭で物議を醸しだし、今後映画を作っていくにあたり、映画とどう向き合っていくべきなのか考えさせるキッカケになった映画があります。

 

オクジャ(Okja)

 

2017年、大手映画配信サービスNETFLIXにて配信され、あのカンヌ国際映画祭では様々な映画クリエーターに反発を買い、結果前から受賞はないと通告されるなど謎が多く、2017年度最大の問題作となっています。

 

ではなぜ本作オクジャがこんなにも注目され、世界の映画関係者から反感を買ってしまったのか。今回は映画オクジャとそこの陰に潜む映画業界の裏側を探っていきたいと思います。

ではカテゴリーに分けて、熱く語っていきたいと思います。

 

 

  • オクジャってナンジャ?

2016年ポンジュノ監督が新作を撮るという情報が出ました。世界的に有名な彼の新作は期待されたのです。

彼は韓国出身の監督で2003年日本でも話題になった、 殺人の追憶 を封切りに韓国国内で知名度を高めていきました。これは本が原作ですが、結末を映画の中で変え、僕の中でこの作品はお気に入りのひとつです。

そして、その数年後新作グエムルを発表すると韓国国内では観客動員数歴代一位を記録して、世界に名が知られる結果となりました。

そして、前作スノーピアサーでは全編英語作品をハリウッドで撮り、注目を集めました。

個人的にはスノーピアサーは僕のお気に入りではないのですが、とてもユニークな韓国を映し出し、興味を沸かせる監督の1人だと思っております。

そして、今回は路線的にはグエムルに近い、モンスターパニック映画として新作を映画館ではなく、ネット配信サービス大手のNETFLIX で配信することが決定したのです。

 

彼の作品ではお決まりのソンガンホという俳優が出ていなかったのが、残念でした。

 

そして、予算は50億と言われるほど大作であのブラッドピット率いる会社プランBも製作に携わっています。

 

これは僕個人の意見ですが、ブラッドピットは本当に才能のある方だと思います。なぜならプランBの携わる映画のほとんどがユニークで見て価値のある映画ばかりだからです。

例えば、2017年作品賞、ムーンライトや、それでも世は明けるなど社会的メッセージの強く、芸術性に長ける作品がものすごく多いです。

なので、映画を見る基準としてプランBが携わっている映画を見るというのもアリだと思います。

 

 

 

  • カンヌとオクジャの関連性

本作、実は作品自体が問題作と言う訳ではないのです。というより普通の良作なのです。

さすが、製作がNETFLIXいうこともあってまともです。

問題はカンヌとオクジャのペアです。

例えると、水と油の関係で、両者単品で捉えると単なる映画や、映画祭に過ぎません。

しかし、その両方が混じり合うと爆発するのです。

 

カンヌ映画祭では毎年、問題作が取り糺され、話題になります。

僕は一個人として、問題作がメディアに取り上げられるのもカンヌ映画祭の魅力であり

斬新な映画のほとんどがココ、カンヌで初披露されます。

前回も、フランスの若きホープグザヴィエドラン監督の作品も問題作として話題になりました。

 

毎年どれか一本が問題作となる中で今年はたまたま本作オクジャになっただけで、たまたま今年はかなりの大問題作だったのです。

 

ですが、カンヌ映画祭の仕組みを理解しない以上この騒動を知ることができません。

カンヌ映画祭の仕組みについては以前にまとめたものがあるので、宜しければこちらをご覧下さい。

 

shygon.hatenablog.com

 

 

では、これからこの騒動の全容をお話します。

この問題は一言でいうと今後の映画製作について、技術の発展が可能にした新しい配信方法と伝統的な昔ながらなの配信方法の意見の相違が事態を大きくしました。

 

そして、大手動画配信サービスを行うNETFLIXAMAZONについても触れておこうと思います。

AMAZON: 自社でオリジナル作品を製作しますが、はじめに映画館で放映し、時間を置き、AMAZON Primeで配信します。

それに対して

NETFLIX: 自社でオリジナル作品を製作し、それを映画館で放映するのではなく、はじめからネット配信してしまうのです。

 

すると映画館に従事する人達は客足が悪くなるため、当然それを好ましく思いません。

 

その議論が各地で行われている渦中に、NETFLIXは製作費50億の大作をカンヌにぶち込んできたのです。

カンヌ映画祭というのは世界で最大級であり、歴史ある映画祭なため、古風な考えを持った方や、舞台がフランスであるということなど、いろんな要素が重なったのです。

 

その結果、カンヌの映画祭の関係者はNETFILXの斬新な方法にはっきりとNOと突きつけ、

結果前から受賞はない、と断言されてしまったのです。

 

 

  • Shygonの考える映画配信の未来

僕は一個人としてカンヌは

新たな配信方法を頑なに拒否するのではなく、

寛容に受け入れるべきだと思っております。映画というものは技術の発展とともに良くも悪くも変わっていくものです。

ここで映画の歴史というものに焦点を当てると、1970年代に史上最悪のデカい壁に当たります。

その一昔前のテレビの普及により映画界は大打撃を受けます。

その最中アメリカではベトナム戦争で人々の映画に対しての好みや映画自体に関心をあまり示さなくなってしまったのです。ですが、また盛り返し、いまも映画は人々の生活の中に確かに浸透しています。

 

このように時代に映画界というものは翻弄され続けていますが、様々な人達が逆行の中知恵を振り絞りなんとか乗り越えてきたのです。

今回のカンヌ映画祭の対応は理解はできますが、新たな斬新なアイディアは時間の問題で一般社会に必ず浸透します

なので、断固反対するのではなく、次のステップに進み、そのネット配信にどう対応していくのかを考えるべきだと思います

 

しかし、ここが面白いポイントです。

本作オクジャの監督ポンジュノはインタビューにてこんなことを話していました。

オクジャを見るに当たって、なるべく大きいスクリーンで楽しんでほしいと言ったのです。

せめて、タブレット

スマホは嫌だとはっきり言っています。

 

やはり一映画製作者として大きいスクリーンで映画を楽しんでほしいという思いはどんなひとでも思っていることなのです。

この事態をかなり深刻に捉えるのではなく、未来の映画製作への第一歩だと思うと荷が軽くなるかもしれませんね。

 

びぇ!

ジョンウィックチャプター2 は面白い駄作?つまんない良作??[考察と解説]

こんちくわ!Shygonです!

今回は話題の新作、

ジョンウィックチャプター2をご紹介します。

前作ジョンウィックでは主演キアヌリーブスが第一線に完全復帰し、注目を受けました。

 

1990年代のマトリックスシリーズ以降彼の作品はヒットに悩まされ、ひとりで街中をウロウロし、メディアからは

 

悲しみのキアヌ

 

と呼ばれ俳優としていいものではなかったのです。

しかし、前作の世界的な大ヒットによりカムバックを果たしたのです。

 

そして、今作は第二作として、

公開から一週間あまりで前作の興行収入を超える

というアメリカでも注目度の高いアクション映画となっています。

前作ジョンウィックにつきまして詳しく知りたい方は以前にまとめておりますので、こちらを参照ください。

 

shygon.hatenablog.com

 


あらすじは

 最初の映画での出来事が起こってから5日後、引退した暗殺者ジョン・ウィックは、盗まれた1969年式フォード・マスタング・マッハ1を取り返すべく、ロシアン・マフィアのボス、アブラム・タラソフの自動車工場へ乗り込んだ。

タラソフは前作でジョンが倒したヴィーゴ・タラソフの兄弟、ヨセフ・タラソフの叔父にあたる。ジョンはタラソフの部下を倒したが、マスタングはひどく傷つけられた。その後、ジョンはタラソフと和解し、帰宅した。

ジョンが馴染みの自動車工場主・オーレリオにマスタングの修理を依頼した後、イタリア系犯罪組織カモッラの幹部サンティーノ・ダントニオがジョンの自宅を訪問する。

引用元Wikipedia(ジョン・ウィック:チャプター2 - Wikipedia)

本作もあらゆるカテゴリーに分けて、語っていこうと思います。

 

 

  • 印象とレビュー

本作、ジョンウィックチャプター2を一言で言うと、

 

前作は超えることができなかった。

 

というのが感想です。

ですが、面白くないとは言いません。シリーズ2作目として、

 

規模や、アクションは確実にレベルが上がっているのは確かです。

 

ほとんどのアクション映画のシリーズの場合、第1作というものをアクション映画の域を超えて面白いものとなっています。
それは

2作目が作られるほど第一作目がヒットしたからです。しかし、

2作目以降は1作目の洗礼的なデビューに打ち勝つことができないのです。

なので、このジョンウィックも多くのアクション映画シリーズと変わらないということです。
再度繰り返しますが、

アクション映画として、新たな道を開き、独特の世界観のもと前作同様のスタンスで映画製作がされています。

アクション映画の路線として考えると僕はキングスマンの部類に入るかと思います。
ただひとが殺し合い、爆発や乱闘が起こるだけではなく、他の映画にはない、新しいスパイスを加えているのです。
そのジョンウィックシリーズが持つ特有の特徴は次章にて解説します。

 

 

 

  • 独特の世界観

前提条件として、僕はアクション映画がそこまで好きではありません。それは多くの場合決闘に大々的なアクションシーンで全編は埋め尽くされ、それ以上、それ以下の価値がないからです。
なので、アクション映画の中でも僕が好む映画の特徴として、

 

いかに人の感情の推移がアクションシーンと関連性があるのか。

 

というところを重点的に観ています。

なので沈黙シリーズのようなアクション映画は僕の好みではないのです。

実際、アクション映画でもキャラクターの感情や行動に焦点を当て、それに付随するかのようにアクションシーンを作り上げている映画はアクション映画の域を超え名作になっているものばかりです。

 

 

1. 犬の与える印象と影響
ジョンウィックでいえば、前作の解説でもご紹介していますが、

アクションというごつくて、酷い印象を持つものに犬というそれとは正反対の印象のものをつなぎ合わせることでいままで見たことのない場面展開ができるのです。

伝説の殺し屋が可愛い犬を連れて歩くシーンなんて想像できますか?

なぜか不器用なシーンが出来上がるのです。

アクション映画というものはホラー映画のように新しいことをすることが新鮮であり、評価されるひとつの指標なのです。
このようにその観点からこの映画をみると、犬という要素がこの映画に新しい風を吹き込んだのです。


-2 ジョンウィックというキャラ
この映画を語る上で必ず通らなければならない要素、主人公ジョンウィックです。

彼の服装は単なるスーツであまり新鮮味がなさそうですが、実はアクション映画で、

必ずスーツを着用し、あの独特なヒゲや髪型のキャラが登場する映画は他にありますでしょうか?

その違和感しかない風貌がこの映画の雰囲気を作る上で最も重要であるのかと思います。

今作ではじめて裏の世界的な組織が登場し、その彼らにジョンウィックは翻弄されていくのですが、元から無口な彼は黙々と敵をなぎ倒して行くのです、その独特なスーツ姿で。

舞台のニューヨークとローマの殺し屋全員を敵に回した彼は落ち着く場所がなく、街のあちこちで突然攻撃されるのです。敵の数が増え、それを黙々と仕事をこなすかのように坦々と殺していきます。
それこそがこのジョンウィックシリーズの醍醐味であり、注目ポイントなのです。

しかし、前作のセンセーショナルなデビューからそれほど前進しておらず、映画の新鮮味は0です。

 

 

-3 復讐と理由付け
最後にこの映画の大きな特徴の1つである、
復讐ついて触れておきます。

アクション映画にありがちな主人公をキレさせるため、行動に移させるためなんらかの理由とともに復習させる設定作りが多いのです。

前作ジョンウィックではかつての仲間が無残に殺されたりなど実際に観客に同情と呼び、アクションシーンを作る上でとてもスムーズに映画を楽しむことができました。

しかし、今作では愛犬が殺される訳でもなく、ましてや仲間が殺される訳でもないのです。

家が燃やされるだけでこんなに怒るのかと若干思ってしまいました。前作に比べあの映画を見ただけでは復習の理由付けとしてはインパクトがなく、納得できる内容ではないのが本心です。

前作の復讐の理由作りは僕の中でも最高の出来でした。しかし、今作はそれに劣る復讐なのです。

 

 

 

最後に
ジョンウィックというキャラクターの魅力と前作同様、最大限に生かし観客を楽しませてくれるのは確かです。

駄作ではなく映画を充分に楽しめるのですが、映画のインパクトは前作ほどの勢いはありません。

ですが、希望が持てるのです。
なぜなら本作の終わりが明らかに次作ジョンウィックチャプター3に意識しており、次作が楽しみな結末作りになっております。

ですので、見て損はなく、オススメするかと言われますとします。

ですが、もう一度は見たいとは思いません。

そんな映画が
ジョンウィックチャプター2です。

びぇ!

 

 

名作アメリカンヒストリーXをなぜこんなにも愛しているのかを語る![考察と解説]

こんちくわ!Shygonです!

今回は僕の中でも特別な一本をご紹介したいと思います。全部合わせて7、800本くらいの映画をいままで見ている僕ですが、

100本に一本くらいのペースで本当に好きな、普段の生活の中で突然見たくなる映画があるのです。

 

今回ご紹介する映画もその中に数えられ、数少ない本当に好きな映画の一本です。

 

アメリカンヒストリーX

 

ではなぜこんなに僕が好きなのでしょうか。

今回は正確に伝えるため、細分化し、様々なカテゴリーに分けて語っていきます!

 

 

 

  • あらすじと背景

1998年製作の本作はアメリカ、ロサンゼルスを舞台に、白人至上主義でネオナチの中心的な人物であった兄貴とそれに影響される弟の兄弟物語を、過去シーンを途中で組み込み、なぜ兄弟が過激な思想に傾倒していったかを現在の時間軸と共に交互に進んでいく話です。

 

製作サイドの話をすると

監督のトニーケイは他に作品はなく、主にCMなどの監督を担当する人です。

その影響もあり、場面場面のインパクトがとても強く、見た後も鮮明に頭に残るほど画作りが印象的です。

 

主演のエドワードノートンがグループの中で中心的な位置を占める兄貴を演じています。

彼は本作以外に、バードマン(あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡)、真実の行方など

非常に映画のキャラクターとして変わったイカレキレ者を演じることが多いです。そんな本作も彼の特徴がしっかり反映されていて、彼の活躍が間違いなく映画の出来を左右しているに違いありません。

 

この映画の評価として世界最大級の映画データベースIMDbでは、全ての映画が候補としてある中、

トップ250にランクインしており、評価自体も8.5とかなり高評価であるのです。

 

 

 

 

  • 場面展開の特徴と影響

本作は非常に変わった場面展開をします。

はじめに、時間軸が2つあるのです。

1つ目は現在です。兄貴は人殺しで刑務所に3年入っていて、その後の出所した初日から映画がスタートします。

 

2つ目は過去です。現在軸で出所した兄貴は、以前のシンボルであったスキンヘッドから掛け離れ、普通の髪型に戻っているのでした。さらにあんなに白人至上主義として人種差別に傾倒していたにも関わらず、人が変わったかのようにムショ入り前の自分が導いていたネオナチの集団を脱退し、その彼らと対立するまで人が変わったのです。

では

なぜ彼があんなに傾倒していたのか

なぜあんな思想を持つようになったのか

を過去軸として描くのです。

 

白人至上主義に傾倒していった背景には、昔真面目に働いていた父親が黒人の麻薬売人に殺されたという悲しい過去があったのです。その情緒不安定な時期にネオナチの思想を持つようになってしまったのです。

そして、グループの中心的な存在になった矢先に刑務所に放り込まれるのですが、その中で囚人の大部分が黒人であり、そこで多人種との関わりを無理矢理にでも持つようになったのです。

この主人公というものはとても頭のいい人です。なぜなら環境が変わると徐々にですが自分の間違いを自分で見つけ、危険を顧みず行動に移すのです。

過去の経験が引きつり、有色人種に完全なる偏見を持っていたのがネオナチへ導いたのだと自分で気付くのです。

 

このようにこの2つの重要な場面を分けて、同時に描くことで、彼らがなぜどうなったのかということが非常にわかりやすくなり、見た後でも鮮明に頭に残る映画に出来上がるのです。

 

そして、その2つの対称的な場面を

白黒とカラーの映像に区別して描き分けているのです。

過去の場面では白黒の映像加工が施され、

現在軸ではカラー加工がされています。

完全に視覚的に区別することで、人物の背景を時間軸で切り分けて理解することができるのです。

 

そして、本作はこの白黒とカラー映像の区別を他の箇所で非常にうまく活用しています。

はじまりとおわりのシーンはどちらも有名なベニスビーチの浜辺で波が打ち寄せる箇所なのです。

冒頭では白黒であった映像が、終演間際のベニスビーチはカラーの永続加工がされているのです。

 

では一体この白黒とカラーの区別が成す意味とはなんなのでしょうか。それに関しては最後のコーナーでこの映画の訴えたいこと、つまり僕らへのメッセージについて語ります。

 

 

 

 

  • 印象的な画作りと影響

映画を見る上で、印象的なシーンや、言葉は観客を大いに奮い立たせ名勝負や名シーンが生まれるのは映画をみる一種の醍醐味だと思います。

例えば、ゴッドファーザーの登場シーンや、ヒートでのデニーロ演じる殺し屋がアルパチーノ演じる警察官に追い詰められるなど見所がいっぱいあります。

そんな中で、僕個人の意見としてアメリカンヒストリーXのあるシーンは数ある映画の中でも名シーンを極めていると思います。

過去を振り返るシーンにて、兄貴デレクが刑務所に入る理由となった、殺人事件を起こし現行犯逮捕されるシーンです。

もう完全にネオナチに呪われ、左胸にはナチスの刺青を彫った、狂気染みた顔をしたデレクを見たものは怖気付き、恐怖感以外感情が一切無くなるのです。そんな役作り、画面作りをする兄貴を演じたエドワードノートンは天才の何者でもありません。

 

さらにそれが白人至上主義に徐々に傾倒していく彼らの移り用は見事の一言に尽きると思います。

人というものは常に成長し、その判断材料はそのときにその人が影響を受けているものです。

そして、映画には何らかのキャラクターが登場し、彼らには感情の浮き沈みが存在し、その頂点こそが名シーンとなるデレクが警察に捕まるシーンなのです。そして、それから更生していくデレクもその名シーンとは対称的にとても見応えがあるものとなります。

 

 

 

 

  • この映画が僕らに訴え続けることとは

ココの箇所がこの映画の最大の魅力であり、

これを語らずしてこの映画を語ったとは言い切れません。

実はこの映画物語の筋書きはとてもシンプルで難解な点は何ひとつありません

ネタバレになりますが、最終的に兄貴デレクは出所後、人生をやり直すため、以前いたネオナチから即座に脱退し、弟も強制的にネオナチのような過激なグループとは縁を切ります。やっと兄弟を筆頭に家族全体が人種の違いだけで区別するという一方的な考えを捨て、家族を養うために社会復帰をしようとした矢先に弟は黒人グループに殺されてしまいます。

 

そして、この映画のタイトル、アメリカンヒストリーXの意味です。弟はネオナチにて中心的な存在であった兄貴を神のように拝んでおり、学校の宿題の読書感想文でヒトラーの本を絶賛しました。勿論、いまの学校の教育理念とそぐわないということで、兄デレクの影響が大きいと考えた校長は兄貴が弟の思考回路にどのような影響を与えているのか知るため、兄弟の物語として、それをアメリカンヒストリーXと題し、提出するように求めます。

つまり、この映画は決して兄デレクのネオナチへの傾倒と自分の間違えに気付くまでの、彼個人の話ではなく、それが兄弟含め家族全体に響き渡るというところまでを描いているのです。

 

そして、弟は校長に言われた通り宿題をしっかりやり次の日学校に行くのですが、渡す前に殺されてしまいます。そして、最後の締めのベニスビーチで弟が書いたエッセイをナレーション方式で読まれ、映画の幕が閉じるのです。

 

争いというものは決して何も生まない

 

これがアメリカンヒストリーXの結論であり、この映画の全てだったのです。

 

そして、冒頭と最後のベニスビーチの波打ちシーンの白黒とカラーについてです。

これについては確かな答えはないと思いますので、見たときにどう思うかが正解であると思います。なのでここでは僕個人の見解を述べさせていただきます。

 

せっかく正しい舵取りをし、まともに生活が始まった矢先にデレクは最愛の弟を亡くします。

僕は弟の最後の結論を元に考えると、その後もデレクはしっかりと社会復帰を果たすのではないかと思います。弟が殺された後は映画として描かれてはいませんが、

その複雑な終わり方は現代社会への投影なのではないかと思います。

人種を取り巻く問題はさらに深刻にかつ複雑化しました。

 

このような本当に腑に落ちない、やるせないようなスッキリしなさすぎる映画は他にありません。ですが、このやるせない、腑に落ちない気持ちこそがいまの人種を取り巻く問題の現状であり、それを描ききることを考えるとこの結末はとても納得がいくのです。

 

 

 

ここまでご覧になったみなさんはなにか気づくことがあるのではないかと思います。

 

本作は1998年製作です。

つまりアメリカンヒストリーXは1998年製作です。

この映画で扱っていることと、

いま現在アメリカが抱えている社会的な問題は20年経っても全く変わっていないということです。

 

ここ最近ISの台頭で世界で様々なテロに巻き込まれて来ました。その根底にはデレクのように過去の経験や現代社会への不満が募り、その発散の仕方を間違え、赤の他人に多大なる迷惑を掛けてしまうのです。それは本作のようにアメリカの一部だけの問題ではなく、世界中にそのような風習が広がってしまっているようなのです。

あいにくデレクはとても頭がキレるので、自分で気付き、更生をしました。ですが、最後の悲劇が表すように冒頭と最後の白黒とカラーの変化は

 

より事態が複雑化した

 

と考えるべきでしょう。

そして、もうひとつトランプ大統領です。前代未聞の結果で彼が新しい大統領になったのですが、そこにはデレクがネオナチに傾倒していったようにいまのアメリカの現状への怒りを持っている人たちがいるということを今回の大統領選にて確認できるのです。

本作の劇中で白人ではない人たちが経営しているお店を夜な夜な襲うシーンがありましたが、彼らは違法移民のひとたちを安く囲い込み、純アメリカ人である彼らの職などを奪っているとして憤慨していました。

このようにトランプ大統領が就任した背景には昔からいた主に白人たちの立場を奪われた人たちからの支持というものが大きかったのですから、そんな彼らが日常生活からどう思っているのかという断片的な一面を本作で描いているのです。

白人の立場から見るといまのアメリカの対応は数十年前から変わらず、その現状というものを本作、アメリカンヒストリーXでいまも垣間見ることもできるのです。

名作アラバマ物語を語り尽くす![考察と解説]

こんちくわ!Shygonです!

今回は名だたる名作が登録されているアメリカ映画商標の中でも、いまだに多くの人に愛されている映画をご紹介したいと思います。

 

アラバマ物語

 

は、1962年制作の本作は貧困層が多く住み、いまだに人種差別が根付いているアメリカ南部を舞台に、人々の葛藤を描いています。

 

あらすじは

人種的偏見が根強く残るアメリカ南部で、白人女性への暴行容疑で逮捕された黒人青年の事件を担当する弁護士アティカス・フィンチの物語。

 1930年代、アラバマ州の架空の田舎町メイカムで暮らすお転婆なジーン・ルイーズ"スカウト"フィンチと兄のジェムのフィンチ一家。スカウトとジェムの人生の転機となった3年間を綴っている。2人は一緒にゲームをしたり、アーサー"ブー"ラドリーの様子を探ったりしながら毎日元気に遊びまわっている無垢な子供である。ブーは家から出たことがなく、誰もその姿を見たことがないため様々な噂が飛び交っている。妻と死別した父親のアティカスは公平で穏やかで親身で、その知性と人柄で周囲から篤く信頼されている町の弁護士である。父の弁護士としての仕事を通し、人種差別、町にはびこる悪、貧困の悪化などを学び成長していく。

引用元Wikipedia(アラバマ物語 - Wikipedia)

 

主演はアメリカを代表するグレゴリーペッグが弁護士の父親を演じ、

無実の黒人の弁護を担当します。他にもゴッドファーザーなど後に多くの有名映画に出演するロバートデュバルが映画初出演しているなど、興味深い作品です。

 

では、様々なカテゴリーに分け、この作品を存分に語っていこうと思います。

 

 

  • なぜ未だに評価される、名作なのか!?

まず本作一言で表すと

 

正義、人種など人類の永遠な課題を、決して堅苦しい知識人がツラツラと解決していくのではなく、身分や人種が違う人達も含め様々な視点からそれらの課題を捉えようとしています。

 

どうしても裁判ものでは頭のいい人達が理論を並べ、物事の完全解決をしてしまう方向にどうしても行きがちなのです。

 

映画に関わらず、題が本作のように一筋縄で解説できなくなるといつも上記のように天才たちが登場し、僕らを惑わしがちなのだと思います。

 

しかし、これが人種差別が根強く残るド田舎に舞台が移るのです。

するとどうでしょうか。

一気に僕らの感覚が変わります。

そしてさらに、これに子供も一緒にこの討論会に参加するのです。

実際には参加はしませんが、子供から見た裁判というものも忠実に描いているのです。

これは悪く言えば話がグチャグチャになりかけなのです。

 

いつもの僕らの感覚では国を代表する頭脳の持ち主たちが都市部に集結し、そんな永遠の人類の課題の解説に奔走します。

たぶんほとんどの方がこのような物語展開に馴染みがあり、こちらの方を好みます。

 

ですが、実際はそんな方法では解決ができないのが現状であり、最近徐々に世界が変わりつつあると思います。

 

このような重たい課題含め、どんなことも決して1つの視点から解決するのはとても難しいのを僕ら人類はやっとわかってきました。

 

しかし、この映画は50年以上前に製作されているにも関わらず、当時の常識にとらわれず身分、人種、年代の色々な視点からあるひとつの事件を語っているのでます。

 

これはあくまで僕個人の意見ですが、何十年も前に様々な視点から物事を捉えようとする映画が他にあるのでしょうか。

そんな未来的な思考を持つ映画は何年経とうと人々の心の中に残り続けると思いっています。

そんな数少ない魅力的な映画こそが

アラバマ物語なのです。

 

そして、最後に成長過程において、子供ならではの心の葛藤というものがこの主題

アラバマ物語(原題:To kill the mockingbird)に直接繋がっていくのです。

 

次は視点ごとにアラバマ物語を語り尽くします!

 

 

弁護士の視点
この視点は物事を冷静にかつ理論的に捉えます弁護士という職業柄から感情論は一切ありません。

主人公を演じるグレゴリーペッグは二児の父でもあり、妻に先に絶たれたこともあり、一家をひとりで仕切っています。父として、弁護士としての2つの顔を持ち、物語はこの視点から語られますが、

大部分を占めていないというところをこの作品の魅力かと思います。

人種差別に屈することなく、事件の真相を求め解説に奔走します。しかし、黒人をかばっていると批判を買い、街の白人層から反発を受けることになってしまうのです。

単に事件を解決しようとする刑事映画ではなく、それ以上に色んな要素が混在するのです。その大きなひとつの要素として人種間に残るのが差別なのです。

 

 

貧困層かつ黒人の視点
この物語の本質的な部分に直結する事柄です。黒人というだけで、感情論に落ち潰され、多くの人の心の中で、本質的な部分の追求に邪魔が入るのです。

舞台が人種差別の残る南部というところにもこの作品の抱える大きな要因が隠されていると感じます。上記に示したように人種の違いというだけで人々は正常な思考回路ができなくなってしまうのです。

そして、貧困層という点です。この地域では歴史的な背景(1930年代の世界恐慌)の影響で、村のほとんどが貧困層なのです。映画の冒頭では、お金でお礼ができないとして、隣人が自分が育てた農作物を渡しにくるのです。

とても温厚な人柄であり、貧困でもそれに打ち負けず、行きていく姿を描いていたが、結局物語の最後でその彼こそがこの事件を起こしたであろう張本人であったのです。

何気ない田舎村の一部分の裏には、そんな村社会の垣根を超えて根付く問題があったということです。

 

 

子供の視点
本作の面白い点の中でもココを無視しては語れません。裁判ものなのにも関わらず、父親の周りの意見に惑わされない人柄を子供たちは彼らなりに考え、理解しようとするのです。なので、刑事事件を扱うお話なのに初めからちょいちょい子供の視点から学校なり、遊びなど考えていること全てを裁判とともに同時進行で語られるのです。

はじめは訳も分からず、只々流れるのですが、物語が進むと同時に彼らの生活が徐々に浮き彫りになり、その重要性を僕らは目の当たりにするのです。

そして、彼らなりに本作を理解し、彼らなりの答えの出す様こそがこの作品の最大の魅力かもしれません。

冒頭シーンで子供たちの好きそうな逸話を元に子供時代の朗らかな生活にホッとするが、その彼らが恐れるブーという人間がオチに直接関わり、一見子供の何気ない生活感もが本作を語る際に直接関わってくるのです。そして、原題To Kill the Mockingbirdの真相も彼らの心の葛藤と関わりがあるのです。これに関しては一番最後に言及します。

 

 

  • 時間が経っても伝え続ける本作のメッセージとは!?

正義とは。平和とは。

などいくら時間があっても解決しきれない事柄をある一部の人間が考えるのではなく、様々な人種、性別、そして年代の方たちひとりひとりの視点を忠実にかつ写実的に描いています。

その中で、個人個人が自分なりに理解しようとします。

例えば主人公の弁護士は感情に一切振り回されず論理的に物事を捉えます。

彼はトーマスジェファーソンが唱えた米国建国当時から唱えられる、全ての人間は生まれながらに平等である(All men are created equal)を元に真実を暴こうとするのです。

 

そして、子供は小さいなりに必死に考え物事を理解します。

周りの脅しに屈さず、ひたすら真実を暴こうとする父の敗北に我が同然に落ち込む彼らに

ひとりの女性がこんなことを囁くのです。

 

世の中には楽しくない仕事をする人も必要なの。

その内のひとりが貴方の父親

 

と。これは大人にとっては本質的な解決策にはなりませんが、彼ら子供にとってはとても重要なことであり、このようなことを乗り越えてこそ大人の人間へと成長していくのです。

 

最後に本作の原題To Kill the Mackingbirdの示す意味とはなんなのかです。

上記のように、人種差別のが残る社会においての正義を様々な視点で描いています。

しかし、この物語は実は他にも子供のたちの成長においての心の葛藤も読み取れるように思えるのです。

例を挙げると、あるシーンにおいて、野良犬を銃で退治する父親に子供たちがショックを受けてしまうのです。その会話の中で、

モノマネ鳥(To kill the mackingbird)は美しい声を出すし、害がないから殺すなという父親は人間へ害野良犬ある野良犬はいとも簡単に殺してしまうのです。

小さい子供にとって害のあるものは殺していいのか

ということに疑問を感じ、成長とともに心の葛藤があるのです。

 

本作は50年以上前に作られたものなのにも関わらず、いまの現代社会を生きる僕らに対して多くのメッセージを送り続けているのです。それが数十年経とうが、変わっていないというところにも映画という芸術が持つ魅力を感じます。

 

 

 

 

 

僕はこのブログで古い映画を見るよう主張し続けます。現代において、趣味の多様化によって映画を好んで見る人が減ってきているように思います。さらに古い映画に対して、多くの人は映像が古いという理由だけで見るのを拒むのです。

僕はそんな人達を決して批判はしませんが、とても悲しいのが正直な気持ちです。

僕個人の意見として、毎年日本だけで300〜400本の映画が劇場公開されるのに、

50年以上前に作られたものがまだ人々に愛され、残り続けているのです。

少し考えてほしいのです。毎年多くの新作が世に出回っても、残り続ける映画の凄さを知ってほしいのです。

 

そんな長い間人々の心の中に残り続け、今現代を生きる僕らが実際に手に取って感じることができるのです。

その数少ない名作の一本として常に挙げられるのが、本作アラバマ物語なのです。