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アメリカ在住大学生が映画を語るブログ

韓国映画『魚と寝る女』あらすじ感想:孤独を生きる娼婦は雨の中に佇む。

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CJ Entertainment
大きな川のほとりにポツリと浮かぶ釣り具屋。
男たちはその簡易的な水に浮かぶ家で釣りをしたり、賭け事をしたりして楽しむ。釣った魚はすぐさま食料としてさばき、食べる。
そんな釣り具屋でひとり働く無口の女。お客に釣り具を貸すかたわら、娼婦としての顔を持つ。
 
あるひとりの男と繰り広げる偏愛ドラマ。
 
『魚と寝る女』()を観てみよう。
 

サクッとあらすじ

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川辺に佇む少女
川辺に浮かぶ釣り具屋を営むひとりの若い女は、毎晩娼婦としての顔を持つ。一言も口を開かず、客の対応を黙々とし、金を受け取る。
目的も欲望も一切なく、ただロボットのように日々の時間が経っていくのだった。
 
そんなある日ひとりの男が釣り具屋にやってくる。罪を犯し身を一時的に隠すため、釣り具屋さんにきたのだった。
そんな男と無口な女は徐々に惹かれあい、不純な恋愛感情を持つようになった。他の娼婦をわざわざ呼ぶ男に嫉妬心を持ち、嫉妬心から互いに偏愛しはじめる。
 

愛し方がわからないんだ。

自分の感情を上手く言葉にできない。
常に無口で簡単な受け答えすらもままならない。
自分の気持ちを伝えたくても、それを伝えられない。
 
そんな孤独の中に生きる女が選んだ方法が偏愛だ。
私のほうを向いてよ!と言わんばかりに暴力を降り、鋭い眼光を向ける。
全ては自分の存在を認めて欲しい、それだけだ。
 
陸地から離れた川に浮かぶ釣り具屋は、一般社会で隔離された人間を象徴し、そこから逃れようとする人たちの集まりにもなっていた。
釣り部屋に足を運ぶ客も、変な小金持ちやそれを客とする娼婦の人たちだ。
 
そんな一般社会から一歩離れた場所には、犯罪者の隠れ家の温床にもなっていた。人間の末路が凝縮した場所で出会う若い男女。ふつうなわけがない。
 
自分を認めて欲しい、振り向いて欲しいの一心で、邪魔な人間を殺し、川に埋める。
それが娼婦だろうが、ギャングだろうが、それが彼女にとっての唯一の表現方法なのだ。
 
他人を傷つけることも厭わず、自分の体に傷をつけることにも躊躇しない。
ふたりの男女は他人を傷つけ、自らの手で自分すらも傷つける。口の中に釣り具の刃を入れて引っ張ってみたり、膣部に刃を入れて思いっきり引っこ抜く。
 

 連続殺人がなくならないひとつのわけ

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世の中には、一般の常識を持つ人間からすると、到底理解できないことがある。
連続殺人事件はいつになっても無くなりはしないし、毎日のように自殺をするものが後を絶たない。
 
世の中に対して偏った感情とお思い込みが、思いもよらない事件を巻き起こすことだってある。死にたければ、ひとりで死ねばいいと、正論染みたことを言えば言うほど、彼らは疎外感を感じ、危険な感情を触発させる。
 
そんな偏った考えや、立場の人間の内情を描こうとキム・ギドク監督はした。2000年に公開された本作「魚と寝る女」は、偏愛する男女の末路を描き、キム・ギドク監督の初期作品としてカルト的人気を博した。
 
綺麗な国民的女優が殺人鬼を演じた「親切なクムジャさん」でも人間のダークな部分を描いたが、ギドク監督の作品は度肝を抜いてる。
92分で強く生きようとする若い男女の内面を本作では描き切った。奇才として人気を博すギドク監督の初期作品を覗いてみた。
 
びぇ!