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アメリカ在住大学生が映画を語るブログ

韓国映画『弓』あらすじ感想:海の上で一生を過ごす少女と老人の物語

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Kim Ki-duk Film
6歳のときに老人に引き取られ、それから老人とふたりで船の上で暮らすこと10年。
陸を見たことがない少女は、老人が営む釣具屋の手伝いをしている。
弓占いを得意とする老人は船上で楽器を奏でる。ふたりが作り上げる幻想的な世界は、少女がある青年に出会うことで崩壊していく。
 
船の上を舞台に心が通い合ったふたりの絆と愛の物語
 
さぁ孤独な少女とひとりの老人の物語『弓』()を観てみよう。
 

サクッとあらすじ

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16歳になった少女は、老人に引き取られてから、10年間一度も陸地を見たことがない。
ひとりの老人と海上に浮かぶ一隻の船で釣具屋を営みながら、少女は楽器を弾いたり弓を得意としていた。
老人とふたりきりの幻想的な世界に生きる少女の唯一の外部との接点は、釣り具屋に遊びに来るお客さん。
 
海で孤立する船にひとりぼっちの少女は、弓を射ることで自分の身を守り、楽器を弾いて孤独な世界を生き抜いていた。
老人と少女の間に会話は一切なく、あるのは楽器と弓を通じて心の意思疎通が会話の手段となっていた。
 
ある日若い青年が船にやってくる。これまでお客さんとは距離を取ってきた少女はその青年に興味を持つ。
いつものように少女に近づいてくる客は、老人が弓を射て威嚇し、少女の身を守る。
だが少女は老人の目の届かないところで青年と心を通わせはじめるが‥ 
 

海の孤独と心の孤独

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笑顔が素敵な16歳の少女と老人の間に会話のシーンが一切ない。
ふたりが映画の主人公のはずが、メインのキャラクター間の会話する場面が全くないのは極めて異常だ。
でも、不思議なことに全く飽きない。船に乗るお客さんがまわりでワーワー話すシーンだけで、この映画は成り立っているのだ。
 
少女が青年と出会い徐々に心惹かれていくシーンでも会話のシーンはほぼないし、そこに存在するのは心のキャッチボールで、言語化されていない。
セリフを極端に減らし、心で両者が繋がっているという状況が、より一層映画を謎のベールで包み込み、幻想的な世界観を創出する。
海の上という陸と遮断された場所は、少女の心の孤独感を間接的に描き、老人との限られた狭い空間で強く生きる少女像を生み出す。
 

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10年間少女を大切に育ててきた老人と、思春期を迎えやがて大人になっていく少女の対立が次第に深くなっていく。
これまで少女の身の安全を思って匿ってきた老人は、徐々に少女を執拗に保護するようになり、自分の手中の中で支配する独占欲が湧いてくるのだ。
ひとりの男の汚い欲望のために少女の人生は破壊されたのだった。これまで絆で繋がっていたはずのふたりの関係は、どこかで少女は老人のモノ化され、支配されていた。
 

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本作『弓』の題名通り、弓はとても大きな意味が込められている。ひとりの女性として身を守る道具であり、弓占いの役目にもなる。
普通は言語のキャッチボールが成立してはじめて意思疎通になるも、彼らの会話を弓を通しての会話となっていた。
印象的なラストシーンでは、彼女は弓の矢で処女を卒業し、大人の女性となって新たな一歩を踏み出した。
 
なにもなかった少女にとって『弓』とは、生きる上で重要な役割をこれまでも果たし、老人のもとを離れる覚悟をする際も、弓で終わり弓で新たな人生をはじめる。
 
"ぴんと張った糸には強さと美しい音色がある"
"死ぬまで弓のように生きたい"
 
こんな言葉で本作は幕を閉じる。
これまで小さな船しか知らなかった彼女は、これから大きな希望を持って海を彷徨うのだろう。
 
キム・ギドク監督は初期作品『魚と寝る女』でも川に浮かぶ釣り具屋を営む無口な女性を主人公にした。
本作『弓』と題材と主人公像がガッチリ重なり、少女の孤独感とまわりに頼らずに生きて行く強い女性像が映し出される。
初期作品『魚と寝る女』では、若い男女が互いに偏愛する物語だったが、本作は老人と少女にスイッチし、弓を射るシーンや楽器を奏でることで幻想的な世界を作り出した。
 
さらに同じく初期作品の『受取人不明』では、米軍が駐在する韓国のある町を舞台に、米軍駐在と韓国人の相関関係を風刺的に描いた。
『受取人不明』では、弓を射るシーンが映画の象徴的なシーンで使われるなど、本作『弓』はキム・ギドク監督にとって初期作品でやってきたことの集大成であることを意味する。
 
びぇ!