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アメリカ在住大学生が映画を語るブログ

映画『天気の子』の感想と考察:東京の陽と隠を描く 新海誠監督の前作『君の名は』からの変化

poster of anime movie weathering with you

2016年に公開された『君の名は。』は日本を熱狂させた。

200億円を超える興行収入を記録し、日本に限らず世界中で大ヒットを飛ばした前作から3年の月日が経ち、ようやく念願の『天気の子』が製作された。

 

『天気の子』を紐解いていこう。

 

※ネタバレは一切ありません。

 

 

はじめに

前作『君の名は。』で音楽を務めたRADWIMPSが引き続き音楽を担当し、脚本・監督を新開誠監督が務めた。

作曲家ではないロックバンドが映画音楽を初めて担当したことが、アニメの新境地を作り出し、その幻想的な世界観に神秘的なムードが見事に重なり、映画館に何度も足を運ぶリピーターが続出した。

 

筆者自体も3回映画館には通ったが、僕のあるひとりの友達は6回も映画館で『君の名は』を観たと豪語していたのを覚えている。そんな彼はいまイギリスに留学中で、日本で一足先に公開したのを、指を加えながら見守っているだろう。

 

サクッとあらすじ

one scene from weathering with you, one young boy and girl standing and looking at while sun rising

離島から家出し、東京にやって来た高校生の帆高。生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく手に入れたのは、怪しげなオカルト雑誌のライターの仕事だった。

そんな彼の今後を示唆するかのように、連日雨が振り続ける。ある日、帆高は都会の片隅で陽菜という少女に出会う。ある事情から小学生の弟と2人きりで暮らす彼女には、「祈る」ことで空を晴れにできる不思議な能力があり……。

映画ドットコムから引用

 

東京を別の角度から覗いてみる

one scene from weathering with you, one young boy standing in strong rainy day

『君の名は。』では、東京に住む男子高校生と田舎に住む女子高校生の意識が通じ合ってしまい、そこから離れたふたりの心のコミュニケーションがはじまるファンタジーであった。

『天気の子』も、東京に家出をしてきた男子高校生と、東京に住む天気を晴れにできる特殊な女の子と出会い、ふたりの物語が展開される。

 

2作とも主人公ふたりだけの世界をより神秘的にファンタジックに包み込んで、誰にも干渉されない異次元の世界を作り上げた。

物語の構成や進み方など、『君の名は。』と全く同じアプローチで映画が進んでいる。さらに両作とも東京を舞台にしたファンタジーという点でほとんど内容は変わらない。

音楽を引き続き担当したRADWIMPSも完全に『君の名は。』の再現することに全力を注いているようで、製作陣は『君の名は。』をそのまま再現したのだと思える。

 

まわりの大人が自分のことを理解してくれず、反発する活発な青春時代を送る学生たちの心の葛藤や、将来への不安が浮き彫りに描かれている。

前作の『君の名は。』でも、中高生を中心にした、ヒロインたちと同じ悩みを抱える同世代からの圧倒的な支持が映画を記録的ヒットに導いたが、本作も狙う年代層は変わらない。

 

東京を夢見る田舎出身の三葉(君の名は)と帆高(天気の子)が主人公として登場し、もうひとりの主人公は瀧(君の名は)と陽菜(天気の子)は東京に住んでいる。

前作では男性の瀧が東京に住み、本作では男性の帆高が田舎に住んでいて、物語の男女の設定は逆なったが、男女限らず東京に夢を見る若い世代の象徴をこの2作で新開監督は表現したかったように見える。

 

新開誠監督自体が大学進学まで長野県に住んでいた過去があり、自身の経験が東京を夢見るヒロインに投影してるのかもしれない。

『秒速5センチメートル』でも東京と田舎に離ればなれになったふたりの恋模様を描き、『言の葉の庭』では美しい東京に住む人間を40分でまとめあげた。

ほとんどの作業を監督ひとりでこなした『ほしのこえ』や2作目の『雲のむこう、約束の場所』でSFファンタジーを描いたことから『君の名は。』から続く本作の2作は新開監督がこれまでのキャリアを通じて描いてきたことの集大成なのだ。

 

『君の名は。』からの変化

one scene from weathering with you, Tokyo is covered by lots of couldy

これまで前作『君の名は。』と本作『天気の子』との共通点を挙げてきたが、ストーリーを突き止めていくと『天気の子』は『君の名は』とは全く違う作品になっている。同じストーリー展開にキャラクターの性質がほぼ同じ映画で一体何が違うのか?

 

『君の名は』がとすると、『天気の子』はに値する。

 

ある架空の街に隕石が落ちるという幻想を体験し、その来たる未来を食い止めるためヒロインふたりが立ち上がった『君の名は。』では、常に幻想的な世界観をベースに、ヒロインたちのトロけるような甘い恋物語をファンタジックに包み込んだ。

そこに移る彼らが観る東京という街並みは幻想的で美しく、いたる箇所が光輝いていた。僕が憧れたアメリカに実際に足を運んだとき、まるで街全体がマジックに取り込まれたようにカラフルに彩られていた。

『ララランド』がミュージカルで表現した幻想的な世界を新開誠監督は鮮やかな色彩と繊細なタッチで表現している。普通の人間には写し出されない幻想的な世界を新開誠は、アニメを通じて可視化しているのだ。

 

狭い世界で全てが収まる田舎の世界を勢いで飛び出した帆高は、大きな幻想と夢を抱えて東京に向かった。

まずそこで立ちはだかるのは「東京って怖いな」で、連日絡まれる怖い大人たちに怖じ気ついてしまう帆高。さらに陽菜と出会った帆高は、風俗店に無理やり勧誘されそうになる陽菜や、夢に抱いていた東京の理想像と大きく離れていくのだった。

 

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『君の名は。』は、晴れの日が続く東京が舞台だったが、『天気の子』では、歴史的な雨季に襲われる東京が舞台となった。だが主人公の陽奈は「祈る」ことで天気を晴れにできる不思議な力を持つ女の子で、ここが物語のカギを握る。

繊細なタッチに新宿があれほど綺麗に写る映像に惚れてしまった『君の名は。』と同じ東京を舞台にしているはずなのに、その魅力が一切伝わらない。雨で全ての綺麗な景色をぶち壊し、ただならぬどんよりした雰囲気が東京全域に広がる。

 

舞台は同じなのに、ここまで前作と乖離した世界を描くのは何らかの意図が感じ取れる。

『君の名は。』では東京は人々の夢の集合体であり、彼らにしか映らない幻想的な魔法に街全体がかかっている。逆に、『天気の子』の東京こそが現実を投影した場所であり、犯罪が蔓延り、行き場を失った人間の集合体のように感じられる。

 

さらに天気の変化こそが主人公たちの感情の陽・隠を間接的に表現しているところが面白い。黒沢明監督もキャラクターたちの心情を天気の変化で表現したが、天気の子もキャラクターの心情と天気の変動に相関性を感じざるを得ない。

 

行く当てもなく、キャバクラの入り口で座り込む帆高にとって、陽菜との出会いは虚しさや彼自身の心の虚無感を晴らしてくれる唯一の存在であった。

それから彼女と親交を深めるたびに、彼女の不思議な能力で晴れにする描写も、映画のプロット上は他の理由で祈っていたが、実はこの晴れになる行為自体こそが帆高自身の心情の変化を表している。

主人公たちの感情の変化を『ララランド』のようにマジカルな世界で包み込み、彼らしか見ていない幻想的な世界を表現するために、黒沢作品の天気と心情の変化の関係をうまく作品に落とし込んだ。

 

one scene from weathering with you, one girl standing and smile

 

『君の名は。』と『天気の子』は一見延長線上に存在する続編のように思われがちだが、全く違う映画に出来上がった。

『君の名は。』で東京のユートピアを見せたあと、『天気の子』ではしっかりディストピアを見せてくる作品の変化は、物語設定がほとんど変わらない、スタート地点がほぼ同じ地点だからこそとても面白い飛躍をしてくれた。

 

次回作があるとすればどんな展開を見せてくれるのであろうか?正直こんな展開になるとは思ってもいなかったので、衝撃が隠せないがあれほどの圧倒的な作家性を魅せつけるアニメ作家は稀だろうし、アカデミー賞で今度こそは評価してほしい。

 

びぇ!