Movie Magic

アメリカ在住大学生が映画について熱く語っているブログ

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真夏の西海岸を必死でヒッチハイクしたときのNG集を思い出してみる!

こんちくわ!Shygonです!

 

2017年夏

アメリカ西海岸の国道5号線をひたすら紙1枚で北上し、

カナダのバンクーバーまでいったのですが、

その番外編として今回は様々なエピソードをご紹介します!

 

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ヒッチハイクについては下記の記事を是非ご覧下さい!

 

shygon.hatenablog.com

 

 

ポートランドで野宿をしたときの話をしてみる

6時前、日が昇るとともにカラスの鳴き声で目がさめる。

ポートランドの朝は少し肌寒いが、とても空気の透き通った快調な朝のはずであった。

 

だが、僕はとても気分が朝から悪い。

それは夜をともにしていた寝袋がびしょ濡れだったからである。

 

どうして朝からアクシデント続きなのか。

数時間前に戻ってから話を進めたいと思う。

 

一度はここと決めた寝床は大きな公園の中にそびえ立つ樹木の一角であった。

樹木は等間隔に手入れされ、まわりには野原が広がっていたためココだ!と一瞬で決め、寝の準備に入り、一度は寝たのである。

 

しかし、数時間後目を覚ますと足元に大量に何かが当たる感覚がして、徐々に冷たくなっていくような気がしたのだ。

 

そしてそれらは勢いが衰えることなく、僕のお腹へとそして、胸へと当たる場所が徐々に変わっていったのであった。

 

寝ぼけている僕は当然なにが起こったか知る余地もなく、

その数秒固まっていた。

顔まで奴らがくると初めてわかったのだが、大量の水であった。

 

はじめは誰かがイタズラをしているのかと思い、その辺の石を持ってぶん投げてやろうかと思ったが、誰もいない。

辺りを見渡すとやっと状況が理解できたのである。

 

それは定期的に稼働するスプリンクラーであり、乾燥しやすいアメリカではよくみる光景に出会った。

 

しかし、あたりに広がるスプリンクラーを前にこれほど殺意を覚えたことはない。

寝ている最中にこれからも一緒に旅をする大事な寝袋を濡らされた上、睡眠妨害を食らったのだ。

 

まあ全く空いた口が塞がらない訳だ

 

そんな最悪の体験とともにクレイジージャーニーの幕開けであった。

 

 

シアトルから国境に向かうヒッチハイク中に出会ったヤバすぎる話をしてみる

 

シアトルに無事に着き、数日間存分に観光を楽しんだあと、地獄のヒッチハイクがまた始まるときの話である。

 

慣れをいうものが人間は一番怖いとよく言う。

まさにそうだと思うが、まさにシアトルからのヒッチハイクが徐々にヒッチハイクに慣れてくる時期であったため用心していたつもりであった。

 

だから、旅行にはアクシデントはつきもの、特にヒッチハイクなんてはアクシデントの塊だと思う。

 

あれは普段のようにNorthとか書かれた紙を持っていた。前の車が高速道路中に僕を落としたので、そこからすぐに乗せてくれる車を待った。

 

すると15分も経たずして新しい車が捕まりとても満足していたのだ。しかし、その車が悲劇を巻き起こしたことは乗るまで知るよしもなかった。

 

確かその車は白のfordで、とても小柄な車であったが、乗ったら何かがおかしい。

まず異変に気付いたのは、ドアがしっかり閉まらないということ。

 

ん?という疑問が頭の中に萩巡り、そして車がめちゃくちゃ汚い。

これはヤバイ信号だと瞬時に心の中で語った。

 

走り出すと異変が確信へと変わった。

車が走り出すと不気味な音がやみやらないのである。

 

常に機械が擦れ合うような、映画でしか聞かない、まずい音が車内に充満していたのをいまでも鮮明に覚えている。

 

そんな状態で奴は120キロ以上出して、運転するのだ

 

これは久し振りに死が近い臭いがしてたまんなかったが、そんな不安をすればするほど状況が悪い方向に向く気がしたので、そんな顔は一切せず平常を装い、話しかけてみた。

 

すると気さくに彼は答えてくれたが、そんな言葉も一切頭には入ってこない。なんせもう頭ではどう理由をつけてこの車から降りるか、それだけであったからだ。

 

結局この車には数個先の出口までしかお世話にならず、ことなきを得たが最後に二人で撮った写真をいま見返すと非常に不思議な空間にいたのだと再実感する。

他のドライバーさんと写真を撮ったときは最上級の笑顔であるが、このときだけ妙に顔か引きつっている。しかに身にしみて身の危険を感じていたかがわかる一枚となってしまった。

 

 

今となっては笑い話としてここに書き残してはいるが、今回のヒッチハイクで一番大変な思いをした車であったのは間違えないだろう。

 

 

 

 

老韓国夫婦が主催する大家族食事会にちゃっかり招待されてしまった話をしてみる!

 

これはポートランドからシアトル区間にお世話にあったある老夫婦の話である。

 

ポートランドを出て、シアトルに向けて車を待っているとき、シアトル方向はとても道が混んでいた。

 

腹をたてるとすぐに声を上げるアメリカ人には大の苦手の大渋滞である。

 

渋滞が解消されるような兆しは全くなくみんな呆れた顔をしていた。しかし、突然それを可哀想に道路側から見つめる僕に大きな図太い声でだれかが声をかけてくる。

 

すぐに振り向くとアジア人であろうおばさんに乗れの合図を貰った僕はすぐに彼女の運転する車へ向かった。

 

渋滞で全ての人間がピリピリしている中、空気を読まず呑気に車へと誘導しくれる韓国女性はイメージとがっちりハマったが、同時に感謝の気持ちで込み上げる。

 

僕が向かっている途中に前の車が徐々に動き出したのにも関わらず、僕のことを待ってくれている彼女には周りからかなりの罵声が飛び交っていたのは今でも忘れない。申し訳ないがそれがザ、韓国女性の印象なのだ

 

この車には1980年代に韓国からアメリカへと移住してきた老夫婦が運転していたのだが、実に面白い時間を過ごすことができた。

 

訪米して30年以上たっているのにもかかわらず、お父さんは全く英語が話せない。そして、お母さんの方は流暢に英語が話せるといった感じだが、韓国アクセントの強い、とても聞き取りにくい英語であった。

 

噂通り韓国女性という人間は常にひたすら

話しているのだが、こんなに辛い会話はいままであったのかと自問自答してしまうくらい過酷なものであった。

心優しいことに常にそのお母さんが延々と話していたため話題に困ると行ったことはなく、全くの無口のお父さんと僕に交互に話しかけてくれた。

 

基本的にお父さんに話しかけるときは韓国語で話す。勿論そのときは僕は全く理解できないため黙って聞いているのだ。そして、僕に話しかけるときは英語へと移り変わる。

しかし英語のアクセントがきついため、運転席に顔を突き出して耳を傾け必死に応答をした。僕からしたら彼女の韓国語は勿論、英語でさえクセが強いため理解に時間がかかってしまう。

 

そうなるとなにが起こるのか。

 

交互に話しかけてる彼女は気分で話題を変え、会話相手が変わる。それは予告などなく突然やってくるのだ。

なので必死に食らいつく僕は訳の分からない韓国語でさえも耳をかっっぽじって聞き、自分のなじみのある音が聞こえてくる、「そのとき」まで待機なのだ。そしてきたら元気よく返事をし、応答する。といったことを5、6時間繰り返していた。

 

このときの教訓は「結婚相手は慎重に選ぼう」だった。しかしあのお父さんはこれを30年以上、、、申し訳ないがゾっとする話である。

無口のお父さんはまさにその言葉の通りでお母さんが10話たのにもかかわらず、1も返答しない。

たぶんこれが日常で、普段から彼女にとっては気持ちよく会話出来ないのであったのだと思う。少しでもお母さんが気持ちよく車内を過ごせたのならば、ヒッチハイカーにとってそれ以上最高なことはないのである。

 

 

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びぇ!