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Movie Magic

映画の魅力とは何なのか。見解を交え、熱く語っているブログです。映画をもっと知ってほしい、もっと好きになってほしい。それだけを願うブログであるのです。他にも様々な分野にも綴っております。ぜひご覧ください

難解映画「メッセージ」が送るメッセージとは!?[考察と解説]

こんちくわ!shygonです!
今回はメッセージという映画に着目し、熱く語っていこうと思います!
 
この映画、一言で実に難しいです。
 
見るのが一番手っ取り早いのですが、
曇天返し映画なのです。
 
ここ20年でこのような部類の映画が数多く見られるようになりましたが、他の曇天返し映画は一回では気持ちがスッキリしなくても、なんとなく気持ちが晴れるオチが人々を虜にしますよね!?
 
しかし、この映画その曇天返し映画にガツガツな数学的な理論が重なったようなイメージなのです。
 
それが難しい理由です。補足で語るといままでの曇天返し映画はガイリッチー監督作品のような人の勘違いや、ちょっとしたシュールな人々の関係のズレが徐々に垣間見れ、最後に一気に落とされるような感覚なのです。なので、それらの曇天返し映画は現実世界かつSF要素は禁物でした。
しかし、この映画は数学的な理論を付け加えることでSF的要素を加えた曇天返し映画が完成するのです。
 
いま思い出したものを上げると
ユージュアルサスペクツ
ロックストックツーバレルズ
マチスティックメン
などの人間関係のゴタゴタで起こるハプニングにはない曇天返しが
映画メッセージにはあるのです。
 
物語のあらすじについては他の方のブログ等をご覧下さい。
簡単に、ある日突然宇宙人が世界計12カ所に上陸します。そこで彼の伝えるメッセージを解読するために娘をなくしたばかりの女性言語学者に委託し、事件解説に走るのです。男性物理学者も同行し、理論的に協力していくのです。同時に世界に混乱をもたらし、市民が暴走をはじめついには国レベルで武力行使で排除しようとし始めるのです。しかし、主人公ただ一人はそれを信じようとせず文字の解明に突っ走るのでありました。
 
 
キーワードを熱く語る!
僕は映画にチラホラ出てくる様々なキーワードが重要かと思います
  • 回顧録の意味とは
この映画はじめに娘をなくし、悲しみにくれているところから始まります。
その後解読に努めますが、それに娘との楽しかった記憶が回顧録として無造作に物語に組み込まれるのです。
ココがまず注目すべき点です。
なぜ一見関係のない娘との会話を彼女が解読中に流れてくるのでしょうか
  • 娘ハンナの名前の由来とは
次に2つ目です。劇中何度か娘の名前ハンナが出てきます。そして、ハンナが母親(言語学者)になんでこの名前なのかと聞いてくるのです。
そこで母親はhannahというスペルに注目します。
ハンナは前から読んでも後ろから読んでもハンナと読めるのよ、と答えます。ここで注目すべき点はこのくだりが一回ではないということです。なぜ強調する必要があるのか。
  • 宇宙人の言語体系とは
3つ目です。彼らの言語は徐々に解読が進み段々わかってくるのですが、ここで様々なことが浮き彫りとなってくるのです。
  1. 彼らの言語、言葉と文字が一致しないという点です。
  2. 彼らの文字が円状になっており、どこからがはじまりでありどこがおわりかが分からないという点です。
  3. 彼らの言語が表意文字であるという点です。英語のアルファベットのようにそれだけで意味が伝わらないものではなく、日本の漢字のように文字だけで意味が伝わるもののようなことを指します。
 
一体この規則が導くオチとはなんなのか、ここで暴くのではなく、
映画メッセージのように、謎を残したまま次に進みたいと思います。
 
ここで話が変わりますが、この映画の公開前あることが少し話題になりました。
このメッセージという邦題のセの文字だけフォントが違うというのです。よくよく見てみると若干違うのがわかりますが、見つけた人すごいですよね笑
そこでファンの方が間違えかと疑っていたのですが、これは実は故意であるということがわかったのです。いままで様々な映画を見てきた僕ですがこんなはじめから仕掛けてくるのは初めてです。一体この故意のフォントの違いは何を示しているのでしょうか。
 
 
映画メッセージの裏事情
そして映画の話をさせて下さい。
監督がドゥニヴィルヌーブという人で彼の前作ボーダーラインという映画も僕のお気に入りの映画なのです。
彼の撮る作品がアクションやSFに出やすい陳腐さがなく、妙に臨場感があるのです。ですが、現実過ぎた領域ではないのであくまで映画として彼は描くのです。
これは僕の見解ですが現実離れしたSF的世界と日常生活の2つがあるとしたら彼の世界観は若干SF的世界ではあるがきちんと日常の世界観を描くことも忘れてはいないのです。
つまりしっかり地に足のついたぶっ飛んだヤツ的な感じでしょう。
わかりにくくなってしまったかもしれませんがそんな感じだ!笑
 
では次はその理由です。彼の映画前作ボーダーラインにはあまり感じられなかったのですが昔の映画監督スタンリーキューブリックのカメラワークソックリと感じてしまったのは僕だけでしょうか。
彼の世界観でなぜか湧き出てくる臨場感の謎がやっと解けた気がしてます。
絵の容量と同じで奥に視点を一点構え、左右対称なので、奥に引き込まれていくのです。その不気味な状態からカメラが逃げてくれず、留まるのです。
このカメラワークが見事功を成し、あの臨場感が出来上がっています。
そして、もう1つあります。
 
音楽家の存在です。
 
これはボーダーラインのときと同じ人でしたが、音楽家ヨハンヨハンソンは僕の好みの音楽家です。クラシック音楽を貫き、臨場感を引き出す低音のビート音と希望や次のコマの展開を予期するかのような高音が一度になり映画に厚みを持たせるのです。絶妙な両者の調和がこの映画の最大の魅力と言っても過言ではないのです。
 
 
そして、最後にこの映画のメッセージとはなんなのでしょうか。ここからはネタバレになるので、ご注意下さい。
 
実はこの映画過去の回想として出てくる娘との回顧録が実は未来の話であったというオチになっているのです。これには仰天ですよ!
これだから映画はやめられないんです。たまにくる魂にぐんとくるあの感じ、あれこそが映画の魅力であり、Movie Magicなのです。
 
ただ、単に未来の話でした〜というクソ映画ではないんです。
上記のように曇天返し映画に数学的な理論が付け加えられていると言ったのはこのことなんです。このオチを知ると上記の疑問がほぼ解決できるのです。
 
劇中に突然でてくる彼女らの回顧録は宇宙人が伝達の手段として、主人公に特殊能力として与え解読の手助けをします。
そして、娘の名前のハンナと宇宙人の言語が自然と繋がってきます。
 
つまり、彼らの生態、言語には時系列が存在しないということになります。
 
ハンナのくだりを何度も流したのも、文字が円状で始まりと終わりが分からなくなっている文字系列も全て最後のオチに繋がっていく鍵であるのです。
 
そして最後に宇宙人の言語が表意文字であるのは作者が関係していると考えられるようです。原作者のデッドチャンは中華系アメリカ人であり、彼が中国語、日本語などと英語との違いをこの作品に反映したらしいです。
そして、数学的な理論と僕が書いていますが、それは原作者が理数系を大学で先行していたこともあり、在学中のある理論を元に執筆したようです。そのため作品の全ての箇所に納得がいくのはそのためでしょう。
 
本当に最後に。
邦題の際にメッセージのセのフォントが違うということです。これに関しては未だに僕はわかりません。答えの分かる方は是非教えていただきたいですが、少しくらい謎が残る方が映画見て満足するのかもしれませんよ?
これは僕が過去見た映画からの経験則ですが、言い訳ではありませんよ?言い訳ではありませんよ?いいですか、言い訳ではないです笑
 
今回はこれで終わりとします。
びぇ!