Movie Magic

映画の魅力とは何なのか。見解を交え、熱く語っているブログです。映画をもっと知ってほしい、もっと好きになってほしい。それだけを願うブログであるのです。他にも様々な分野にも綴っております。ぜひご覧ください

ムーンライト:なぜ作品賞!?その魅力を語り尽くす![解説と考察] part 2

 

はじめに

映画ムーンライトpart 2ということで映画の「本質的な部分」と「確信」について熱く語りたいと思います!

前回のキャラクターの魅力を存分に語りました。まだ読んでいない方は是非お願いします!

 

 

shygon.hatenablog.com

 

前回同様、カテゴリーに分け、語っていきます。

 さぁー今回も燃焼しますよ!!

 

 

圧倒的映像美が彩る黒人たち
映画の本質的な部分を探っていこう。part 1に書いたことがこの映画が評価された要因であるが、

ここでは映画の技術的な部分も重要視したい。
革新的な技術がこの映画の質を、キャラの深みを持ち上げたのだと思う。
映像作りという観点から見るとこの映画は実に興味深いものがある。
黒人をどう表現するのかに対して、究極系をこの映画はなし遂げてみせた。
こんなに黒人が美しく、斬新的に描かれている映画は他にあるであろうか。

一言で、美しすぎる

いままでの肌の色で人間の評価が決まっていた時代から黒人は白人より劣等的な人種であるという

固定概念があった。

なので、必然的に映画というものも白人がより輝けるようにということが第一優先であった。

最近になり、ようやく黒人の映画が評価されるようになってきたが、そのほとんどが黒人の奴隷や、苦し紛れに奮闘する話など、

黒人の勇気付けにはなるが、彼らの本質的な部分をついた映画なかった

そこには必ず白人の存在があるという背景が映画にはあったのである。
しかし、この映画はその黒人に対する固定概念と積極的にブチ壊し新たな挑戦をしたといって過言ではない。

そこで監督は黒人がもっともスクリーン上で輝く方法として

 

肌の光が反射している部分の色を抜き、白く光らせるために新たに青色を付け足す

ということを行なった。
夜中の海辺に立つシャロンを例に、

海の青色と彼の反射しているときの青みが実に調和し、映画を超越して芸術の域を超えているのである。しかし、それこそが今回の映画ムーンライトの本質的な部分であると思う。

劇中、フアンは幼少期のシャロンにこんなことを話しているのである。

 

「僕はキューバ出身なんだ。昔、僕(フアン)が海で遊んでいたら、

黒人の男の子は月の下で青く光って見えるよねっていわれたんだ。」

というシーンがある。
これこそがこのムーンライトという映画の醍醐味であり、すべてであるのだ。

 


僕らに対するメッセージとは!?
最後のシーン、幼年期のシャロンが海辺でこちらを見つめる。場面が切り替わりムーンライトの文字がスクリーン一面に映り出され、エンドロールとともに静かなビート音が鳴り響く。

ここでほとんどの観客が唇を噛み締め、この映画を賞賛するのだと思う。

 

黒人、貧困層、そしてLGBTを扱い、いまアメリカが直面している大きな社会的な問題に投げかけた。この話は単なる映画の中の話ではなく、実際に起こっていることなのだ。

 

この3つの問題に覆い被るかのようにドラックの現状を赤裸々に描いている

社会的地位の低い黒人貧困層には追い討ちをかけるかのようにドラックの誘惑が背後には存在するのだ。実際に起きていることの現状だけ理解し、デスクワークで解決しようとしている人たちには彼らの心情や思いなど理解出来ない。

 

実話を描いた映画ほどインパクトがある映画はないと思う。

まさにこの映画はいまアメリカで苦しんでいる人向けであるとともに、

人々がそれを知るキッカケにもなるはずである。だが、ただドキュメンタリーのような現状の報告ではなく、

 

同性愛ということだけで障害を受ける人たちの純粋な恋のお話でもあるという点である。

 

感じる障害の卑劣さを描くのではなく、彼らのもがき、もがき続ける人生の話であるのだ。

ただ人の不幸や彼らにのしかかる問題を超えて、ピュアなこれまでにない儚い恋物語は他にあるのであろうか。

しかし、それらの根底には必ず彼らの様々な苦痛が浮き彫りとなって僕らに伝わるのである。

純粋な1人の儚い恋物語を体験していたはずが、静かなビート音とともにこの映画が贈るメッセージを僕らは噛み締めて感じることができるのである。

 

そして、やはり注目すべき箇所は最後の恋の発展である。はじめて心を許した相手と想いを馳せるのであったが、次の日は学校という不条理な環境の中彼らの関係に修復不可能な亀裂が生じる。

その後、会うことがなく時間だけが過ぎていくのであった。しかし、10数年後、一本の電話から再開を果たすのであった。10数年のブランクがあったにもかかわらず、シャロンはその想いを10年越しでこう伝えるのであった。

 

「あれから(学校での事件)一度も他の人を愛したことはなかった。君がはじめてであり、唯一だ。」

 

その辺の始まる前から結果の見える恋愛映画とは一味も二味も違うことを理解して頂きたい。

あんなに酷い仕打ちを受けたにも関わらず、

 

それを忘れたかのようにひたすら1人の男性を思い続ける一途な人間

 

こんなにも儚く真正面に思い続ける恋というものがあるのか。

性別の垣根を超えて、どんな恋愛映画より、素敵に見えるのはぼくだけであろうか。鳥肌がたち、開いた口が塞がらないような興奮を覚えされるのが映画ムーンライトなのである。

 

 

そして最後にこの映画と日本の関係性について言及しておきたい。

正直アメリカの奥地の話に過ぎないため日本人には共感出来ないのではと考えていた。

しかし、よく考えると様々なメッセージを僕ら日本人は受け取ることができると思う。

マイノリティーのコミュニティには勿論、今後の映画製作への強いメッセージである。

もう映画を楽しむ、完全な娯楽映画は終わりを迎えた。娯楽映画はこれからも永遠に人々の心に残り続けると思う。だが、中身のないメッセージ性のない映画に容赦はしない。

例をあげると、マーベルのキャプテンアメリカ:シビルウォーは上記の内容に概要する1つであると思う。娯楽映画として楽しめる反面、この映画には今のアメリカの政府の対応への風刺映画でもあるのだ。映画を通じて世の中を変えようとする動きが今の主流な映画製作であり、重要なことであるのだ。

 

それを裏付けるかのようにムーンライトが評価されたのである。
ハリウッドの新たな時代の幕開けを象徴するムーンライトのアカデミー賞受賞。
バックグランド関係なく、すべての人間が同じ土俵で審査されるということがやっと現実味を帯びてきたのかもしれない。
そんな新たな時代に僕らは今いるのかもしれない。

 

びぇ!