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ムーンライト:なぜ作品賞!?その魅力を語り尽くす![解説と考察] part 1

こんちくわ!Shygonです

今回は第89回アカデミー賞作品賞に輝いたムーンライトについて熱く語りたいと思います!
前代未聞の大事件があった今年のアカデミー賞ですが、この作品実によくできたものだと僕は感心しています。


はじめに
この映画作品賞、助演男優賞、脚色賞の3部門を受賞しました。
キャストのほとんどが黒人であるというところが特徴であるこの映画、僕の確認では黒人以外の人種をあの映画の中で見なかったですね笑
この映画の受賞は新たな時代の幕開けの一歩になったことを証明したのです。

 

黒人映画の作品賞受賞はレイシズムに歯止めをかけ、ゲイの恋愛映画の受賞はLGBTコミュニティに活気を与え、貧困層に焦点を当てた映画の受賞は今アメリカは何をするべきなのかということを問題提起しました。

 

さらにこの映画、共通することがあるのです。すべてにおいて

今アメリカが抱えている社会的な問題に触れているということです。
強い社会的なメッセージを持ったこの映画、深く掘り下げ作品の本質に迫っていきたいと思います。

絶賛最中なムーンライト、熱く語っていきます!

様々なカテゴリーに分け、説明していきます。
なお、今回はキャラクターの魅力を熱く語ります!
次回の記事に映画ムーンライトの本質的な確信を探っていきたいと思います。

 


全部が異色!?背景と裏ネタ!
この映画は1人の内気なゲイの男の子の成長を描いています。

舞台はフロリダ州、リバーティースクエア。このエリアはほとんどの人が黒人であり、貧困層の多い地域で有名です。
リトル、シャロン、ブラックの3つのカテゴリーに分かれ時代ごとに、時系列順に物語が進行していきます。
実はこの映画ある戯曲の映画化であり、その戯曲こそが作者の本当の体験から基づき、書かれているのです。つまり、

実話なのです。
監督の意向からあまり有名な俳優は出ておらず、映画の域を飛び越え、驚愕するほどの衝撃がいくつも起こるのです。

 

主人公はシャロン。彼は内気なことや背が小さいことから、学校では居場所をなくし、虐められていました。ある日、フアンという謎の男が彼を助けるというところから話が始まります。父親は不在、母親はヤク中であり、家にも居場所がない彼はフアンを頼り、まるで父のように慕うのです。
しかし、実はフアンという男、ドラックのディーラーであり、彼のドラックが母親を破滅に追いやっていることを知り、複雑な気持ちになるシャロンであった。
時は流れ、物語は青年時代のシャロンに焦点が当てられる。そして最後に立派な大人となったシャロンが旧友と再開を果たしたところで幕を閉じるのである。

 

 

演技と感じさせない、魅力的な演者

当たり前な選出。この映画では3人の色鮮やかな俳優が時代ごとに演じ切っている。

表紙の写真をみるとびっくりするくらい3人とも似ている、同一人物なのかと疑うくらいだ。普通はここで俳優たちが同一人物に仕上げるために役者魂を発動するのだ。

しかし、多くの場合、似はするが、一致レベルにはいかないのである。

 

だが、この映画、ココが一味違う!
監督の意向で撮影が終わるまで決してお互い顔合わせすることを禁じていた。
これはあくまで僕の意見であるが、人間というものは様々な影響で変わっていく、つまり人というものは時間とともに成長していくのである。

なので顏を合わせる必要がないのかもしれない。人の成長はときに全く違う人間に変わることもあるということだ。作品の方向性のみを合わせることが、ひとりの人物を時代ごとに描くということに関して一番重要なことなのかもしれない
フアンを演じたマハーシャラアリがこの映画で助演男優賞に輝いたとき、彼はスピーチでこんなことを言っていた。

役者は演じ切るのではない、その人物に生まれ変わることが重要なのである。

映画の中では役者という概念を捨て、その人物になる。それが役者であると彼はいっているのだ。

シャロンに関して言えば、それぞれ違う価値観の持ったシャロンが時代ごとに存在する。

それがある一種の成長として語り継がれる。顔合わせをせず、自分の価値観、倫理観を備えたシャロンの成長こそが次の時代へ映画としてバトン渡しとなるのかもしれない。

 

 

  • フアン

この人物、シャロンより、重要であるのではと僕は思っている。ドラックディーラーとしての裏の顏を見せる分、シャロンを助けるなど良心を持ち備えている。

このような部類のキャラがいる場合裏と表のギャップこそが映画の醍醐味となってくる場合が多い。

 

しかし、この映画ココも違うのである!
彼の良心がシャロンの後の人生に影響し、まるで恩師のような存在なのである。

彼の裏の顏を知るのは、シャロンの母親と路上で口論になるところくらいなのである。

だが、そこのシーンこそがこの人物を語る上で最も魅力的なことであると強く思う。母親が路上でドラックをしているとき、母親としての威厳を忘れるなとカツを入れにいくのである。

しかし、そう言われた母親は彼にこう返すのである。

 

「あなた(フアン)それでも良人なつもり?今の私のこの状態、あなたが売ってるヤクがそうしているのよ」

といいドラックを彼の前で吸うのです。そんな彼、シャロンの前での恩師のようなので良人にはない、やるせないもどかしさを感じるのである。

次に、彼とシャロンの会話に焦点を当てたい。
シャロンが徐々に自分のイレギュラーな性的指向に気づき、僕はゲイなのかと聞くシーンがある。

学校はもちろん、家にも居場所がない彼はフアンには本音を語れる唯一の人物なのである。

そこで彼は気にすることは全くない、徐々に分かっていくものだと言った。
このシーンこそが、この映画の強いメッセージであり、フアンの存在の大きさを目の当たりにするのである。メッセージ性については最後に綴るが、

この会話がLGBTコミュニティへの強い応援なのかもしれない。
次に、シャロンに自分がドラックを母親に売りつけているとこを知られるシーン。
シャロンがフアンにわざわざ家まで来て確認しに来るのである。

フアンと母親の会話のシーン同様、表情を浮かべ、素直に認めるのだ。

 

実際、

彼自身自分の行動と理想との矛盾が生じたことへの静かな怒り、申し訳ない気持ち、そしてディーラーというビジネスへの誇りが同時に入り乱れ、そのすべてが一気に込み上げたような表情をしている。

 

表情は人の感情を読む上で重要なことであるが、この俳優、自由自在に表情を変え、物語を語るのにものすごく長けている。
そして、最後に彼の演技への評価である。各映画賞の賞を総なめにアカデミー賞まで取ったこの俳優、様々な方面で40分しか出ていないのに受賞はすごいと絶賛の嵐である。
しかし、出演時間40分というのは確かに短いが、

過去には2分30秒でアカデミー賞に輝いている人もいる。最近ではダラスバイヤーズクラブのジャレットレトは30分前後の出演で賞をとっている。

僕は彼の評価について、たとえ出演時間が少なくても、彼の精神、思いは111分通じて生きているのであると思う。物語の中盤で彼が死んでいるのがいきなりわかるが、

実際大人になったシャロンはフアンと同じ道を進んでいるのである。フアンと同じターバンが尊敬をしていることがわかる。さらにフアンと似た金歯、そして、車には彼の形見であろうか?わからないが王冠をフロントガラスの前に置いている。フアンという男は確かに死んだ。

しかし彼の精神そのままシャロンというひとりの男に受け継がれたのだ。彼はシャロンと共に生きている、そんなことを連想させるのである。そう感じさせる、死んだ後も彼の存在感を感じる、これこそがフアンというキャラクターの魅力であり、俳優マハーシャラアリへの評価の表れなのである。

 

  • ポーラ(母親)

こんなに魅力的なキャラはどの映画を見ても少ない。

この女優この映画ために喋り方を変えているのだ。007スペクターなど他の彼女の出演作をみるとわかるが、完全に違う。その変化が、ヤク中の母親の波乱的な性格を印象付けるのだ。
そして、彼女の最高の演技、シャロンが療法施設であろうか、そこで息子と再開を果たすシーンがものすごく魅力的である。

 

「あなた(シャロン)が愛を求めていたときに私は愛を与えなかった。だからあなたは私を愛していない。だけど私は今あなたを愛しているの!!!」

 

と息子の前で泣きわめくのであった。

ここの一言一言がとても重い。ずっしりと僕らにそう投げかけてくるのである。この映画は男同士の純粋な恋愛映画といわれる。

 

しかし、僕には母と子の切ない親子の軌跡を辿っている映画でもあるのだと思う。

シャロンは大人になってもひどい仕打ちで母に心を開けていないが、ここでこの映画の一種のメッセージを感じるのである。父同様に慕っていたフアンの本当の顏を知った彼はやがて距離を置くようになり、最後まで母親との愛情キャッチボールは成立していない。

すべてにおいてドラックが絡んでおり、それこそが今アメリカが抱える問題と重なる部分がある。

つまり、ドラックというのもが人を変え、人生すらを狂わせるものであるということを伝えたいのかもしれない。

もしかするとひとりの少年シャロンにとって対照的に思えるフアンとポーラには違いがなかったのかもしれない。それを象徴するかのようにフアンの本当の顏が知られた後はほとんど映画には登場せず、

いつの間にか彼の死を僕らは知るのだ。

 

キャラクターの魅力のみでこれだけ書かせるこの映画、恐ろしいです。

あまり多くの役者が出ている映画ではないが、一人一人が他にない魅力を兼ね備え、個々で輝いているのだ。

 

次回はムーンライトpart2として、映像美と黒人、そして僕らに送るメッセージとは?という観点から引き続き熱く語っていきます!

 

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びぇ!